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発見紀行
ハチの巣をつっついた騒ぎの帝国陸軍〜日本放送「即座に打ち返した」米放送・いきり立つ米政府と米軍を宥める戦略・同盟通信社の強力な潜在力〜|ポツダム宣言から敗戦の真相54
早期降伏求めた米国 -
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忘れられない「大西中将の手のぬくもり」〜「終戦へ」米国宣伝ビラ・益々いきり立つ若手将校と不安な国民たち・「第三の原爆」の恐怖〜|ポツダム宣言から敗戦の真相53
「降伏」絶対納得できない将校たち -
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「真珠の玉のような涙」流した大西瀧治郎〜説得断念した梅津と豊田・高松宮「海軍は陛下のご信用失っている」・皇族の叱責受けた統帥部〜|ポツダム宣言から敗戦の真相52
昭和天皇の弟・高松宮の奮闘 -
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梅津総長と豊田総長「再照会」要望拒絶の東郷外相〜陸海軍トップと外相サシの会談・関東軍司令官と連合艦隊司令長官・大西瀧治郎の登場〜|ポツダム宣言から敗戦の真相51
統帥部長ツートップと外相の会談 -
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町村金吾警視総監「必ず治安維持決行」〜「突然の」降伏と国内大混乱の懸念・梅津豊田両総長の「東郷外相」会見要請・二二六事件再勃発の恐怖〜|ポツダム宣言から敗戦の真相50
頼もしい町村金吾警視総監 -
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国内治安維持への巨大懸念と内乱の可能性〜鈴木貫太郎首相「重ねてご聖断を」・連合国回答への結論保留のまま8月14日へ・全く決まらない帝国政府〜|ポツダム宣言から敗戦の真相49
まだまだ決まらない帝国政府方針 -
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寸前に止めた陸軍「徹底抗戦発表」〜「参謀総長命令」無視の帝国陸軍・「独断専行」文化育んだ石原莞爾・「一分間がとても長い」日々〜|ポツダム宣言から敗戦の真相48
「上官命令無視」だった帝国陸軍 -
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大本営「皇軍は戦闘継続」超直前差止作戦〜山本五十六「陸軍は梅津だ!」・国家を「分割運営」の帝国政府と大本営・大本営に「口出し出来ない」陸相〜|ポツダム宣言から敗戦の真相47
山本五十六が認めた梅津美治郎 -
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衝撃!「皇軍は新たに勅令を拝し作戦開始」大本営発表間近〜昭和天皇の信頼厚かった阿南惟幾陸相・侍従武官と侍従武官長と侍従長と・陸相「知らない」〜|ポツダム宣言から敗戦の真相46
大人物だった阿南惟幾 -
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吉積軍務局長に「大嘘」伝えた阿南陸相〜「降伏」と揺れる帝国政府・侃侃諤諤閣議に「釘刺した」迫水書記官長・理由は不要+結論のみ〜|ポツダム宣言から敗戦の真相45
結論求める鈴木総理と、結論言わない大臣と -
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鈴木貫太郎の「総まとめ」に突き進む決意〜命懸けの東條英機面会要請即却下・大日本帝国への回答を「独断遂行」した米国・他の三カ国へは通告のみ〜|ポツダム宣言から敗戦の真相44
「貫く」男・鈴木貫太郎 -
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再照会論を強硬主張の軍部と「日本の見えない未来」〜中臣鎌足以来の内大臣・連合国へ再照会「キッパリ断った」東郷外相・「ヤブからヘビ」の危惧〜|ポツダム宣言から敗戦の真相43
「三対三」多数決が決まらない帝国政府 -
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昭和天皇「和平の糸口を切ってはならない」〜軍部「属国になる」「滅亡する」・暴発寸前の軍部と暴れる「複雑怪奇おじさん」と大揺れの帝国政府〜|ポツダム宣言から敗戦の真相42
トルーマン回答に大荒れの帝国政府 -
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連合国「日本政府の形は日本国民が決めるべき」〜天皇制の是非と国民の意思・大いにいきり立つ「欧州情勢は複雑怪奇」平沼枢府議長・大混乱の帝国政府〜|ポツダム宣言から敗戦の真相41
米国流民主主義から見た戦前の天皇制 -
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大問題となった「サブジェクト・ツー」〜「制限」か「隷属」か・日本人全員「一億総特攻」掲げた軍部・異例に早期「2日間スピード回答」〜|ポツダム宣言から敗戦の真相40
英語の適切な翻訳は何か? -
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対日強硬派バーンズ国務長官「バーンズ回答」〜「もう一度照会の電報」求めた軍部の猛反対・大問題「第一項と第四項」・迅速な米国とスローな日本〜|ポツダム宣言から敗戦の真相39
天皇を「subject to」目論んだバーンズ -
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「連合国正式回答」約12時間秘匿した外務省の思惑〜軍部「外務省は害務省」・「まずは丸呑み」決定の連合国回答・続く「正式ルート」前の海外放送〜|ポツダム宣言から敗戦の真相38
帝国陸軍と外務省の異常な仲 -
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愁眉開いた+「なんとも割り切れない」迫水久常〜「否定ではない」連合国回答・問題となった連合軍回答「第一項と第四項」・「天皇制」黙認かどうか〜|ポツダム宣言から敗戦の真相37
なんとも言えない「回答」 -
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「連合国正式回答」を恐る恐る開く迫水久常〜またも先に海外放送公表・「日本国の無条件降伏」明記したカイロ宣言・無条件降伏を「日本軍」に変更〜|ポツダム宣言から敗戦の真相36
ようやく届いた連合国回答文 -
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連合国の回答第一電「日本の申し入れ拒否」傍受に愕然とした迫水久常・東郷外相とマリク大使の「言葉の戦争」・日ソの「どちらが正しい」か〜|ポツダム宣言から敗戦の真相35
首を長くして、回答待つ日本 -
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東郷外相「ソ連外交は笑止千万」〜「今更聞きたくない」宣戦布告・「全く会いたくない」ソ連マリク大使・連合国四カ国の一つソ連〜|ポツダム宣言から敗戦の真相34
怒り心頭の東郷外相とソ連大使 -
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曖昧な「天皇の国家統治の大権」に悩む欧米首脳〜「組織」か「地位」か・帝国政府の「遠回りな外交戦略」・スイスとスウェーデンの仲介頼み〜|ポツダム宣言から敗戦の真相33
「国家統治の大権」とは何か? -
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帝国政府が死守めざした「国体=天皇の国家統治大権」〜英文正文と日本語訳文・控えめな表現「誤りないことを信じ」・大急ぎの加瀬スイス公使〜|ポツダム宣言から敗戦の真相32
超特急モードで動いた最前線 -
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連合国への追加条件「天皇の大権変更を条件に含んでないことを了解」〜連合国へ甲案提示の閣議決定と軍部・玉音直前に自決した阿南陸相〜|ポツダム宣言から敗戦の真相31
連合国へ追加条件提示へ -
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吉積局長を一喝した阿南惟幾陸相〜揺れる陸軍内部の動向vs帝国政府方針・連合国に追加条件甲案提示へ・平沼議長「天皇と国体」不適当論〜|ポツダム宣言から敗戦の真相30
猛虎のような陸軍統括した阿南陸相 -
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昭和天皇「わたしのことは、どうなってもかまわない」〜「実に忍び難い」・昭和天皇が指摘した「本土決戦と防備の現実」・帝国陸海軍への不信感表明〜|ポツダム宣言から敗戦の真相29
昭和天皇の極めて明瞭な説明 -
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聖断!昭和天皇「私の意見は外務大臣の意見に同意」〜号泣!政府トップたち・前代未聞の「天皇の意思判断伺い」へ・形式的だった御前会議〜|ポツダム宣言から敗戦の真相28
昭和天皇の簡潔な最終決定 -
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「昭和天皇のおぼしめし」をうかがいへ〜「三対三」で真っ二つ・追加条件は甲案か乙案か・「死中に活を」阿南陸相の真の本心」〜|ポツダム宣言から敗戦の真相27
全く決まらない「降伏への道程」 -
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昔の日本・日本国民の根幹「国体」〜帝国政府大本営が最後までこだわった「国体」・戦前の国体とは何か・陸軍「乙案連合国受諾」なら受諾〜|ポツダム宣言から敗戦の真相26
現代にはない「国体」 -
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「陛下の前で読むにたえない」ポツダム宣言〜「皇国」だった我が国・「天皇に近侍」侍従長と「軍部と宮中のパイプ役」侍従武官長〜|ポツダム宣言から敗戦の真相25
昭和天皇の決断へ -
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三国共同宣言条件への追加条件「甲案と乙案」〜絶対条件「国体護持」・最高戦争指導会議メンバー「偶数から奇数」へ・平沼議長への根回し〜|ポツダム宣言から敗戦の真相24
当時の日本人にとっての「国体」 -
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長崎への二発目の原爆投下と彷徨う政府〜ポツダム受諾と枢密院・侃侃諤諤で方針が決まらない帝国政府・決定権がない内閣総理大臣〜|ポツダム宣言から敗戦の真相23
方針決まらない中の二度目の原爆 -
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昭和天皇に「お許しを乞う」鈴木首相〜国家方針の決定権限と君臨・一生「先輩と後輩」の関係が続いた帝国陸海軍・梅津美治郎と米内光政〜|ポツダム宣言から敗戦の真相22
「参謀総長トップの陸軍」と「海軍大臣トップの海軍」 -
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戦前の軍隊教育「いよいよだめになったら、舌を噛み切って自決しろ」〜事実上「大本営・軍部トップ」梅津美治郎参謀総長・陸士の先輩後輩〜|ポツダム宣言から敗戦の真相21
「理解不能」の戦前軍隊教育 -
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ポツダム宣言へ追加絶対条件提示へ〜絶対譲れなかった「国体の護持」・曖昧模糊とした大日本帝国の主権・「間違いのないように取り運ぶ」手続き〜|ポツダム宣言から敗戦の真相20
昭和天皇と鈴木総理の決定の手続きへ -
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ポツダム宣言受諾決意した鈴木首相〜ソ連戦車部隊「セキを切って」侵攻・本土決戦想定で弱体化の関東軍・最高戦争指導者会議と軍部〜|ポツダム宣言から敗戦の真相19
帝国政府と大本営の両立体制 -
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迫水久常「からだ中の血液が逆流」〜政府メディア統括総本部同盟通信社・「連合国への義務」の大義名分得たソ連・うまく利用された「黙殺=拒否」〜|ポツダム宣言から敗戦の真相18
ソ連宣戦布告に怒り心頭の迫水久常 -
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日本に一方的に宣戦布告したソ連〜「日本軍隊の無条件降伏」拒否・佐藤大使とモロトフソ連外相との会見・杜絶した電報と不気味な流れ〜|ポツダム宣言から敗戦の真相17
ソ連からの渡された「引導」 -
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広島原爆直後「ソ連の回答督促」した東郷大臣〜「終戦へ」の鈴木首相・「一気に終戦に向かった」日本・「最高意思決定者が不在」の統治機構〜|ポツダム宣言から敗戦の真相16
ポツダム会談に振り回された日本政府 -
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「なるべく早く終戦へ」と明言した昭和天皇〜首相官邸で奮闘した迫水内閣書記官長・意思決定困難な「異質な国家」・戦争終結の時機と降伏条件〜|ポツダム宣言から敗戦の真相15
広島原爆投下直後の昭和天皇 -
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仁科芳雄「残念ながら間違いなく原子爆弾」〜「強力爆弾」の正体と極大激震・ポツダム宣言「黙殺+戦争邁進」後の「二十四時間の間断ない波状攻撃」〜|ポツダム宣言から敗戦の真相14
科学者・仁科芳雄の苦悶 -
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鈴木首相「黙殺+戦争完遂邁進」発言の事実〜軍部が強力な異形の国家・厳しい言論統制下にあった戦前の日本メディア・情報局の指導と憲兵隊〜|ポツダム宣言から敗戦の真相13
安倍内相が明かす鈴木談話の真相 -
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安倍源基「昭和動乱の真相」が明らかにするポツダム宣言〜鈴木内閣「ノーコメント+発表小さく」と決定・廣田とマリクの交渉〜|ポツダム宣言から敗戦の真相12
1977年発行の「昭和動乱の真相」 -
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ポツダム宣言「拒絶」と米軍の爆撃・砲撃強化〜二十四時間間断ない波状攻撃・鈴木侍従長の脳裏に焼きついた「銃撃」・「二・二六」標的の大物たちの運命〜|ポツダム宣言から敗戦の真相11
ポツダム宣言に対する鈴木首相の言動の謎 -
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陸軍将校に殺されかけた鈴木貫太郎〜「二・二六」の襲撃と三発の銃撃・海軍退役後に侍従長となった鈴木・昭和天皇の極めて厚い信頼から鈴木内閣へ〜|ポツダム宣言から敗戦の真相10
日本全土が大震撼した極大事件「二・二六事件」 -
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鈴木首相「軍部が無理強いに答弁させた」〜陸軍より弱い?海軍・ベテラン海軍大将の本心・超ベテラン海軍大将鈴木貫太郎・連合艦隊司令長官+軍令部総長+海軍次官〜|ポツダム宣言から敗戦の真相9
超大ベテラン・鈴木海軍大将 -
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鈴木貫太郎「終戦の表情」が明かす真相〜「重視する要なきもの」・昭和天皇に常に近侍した侍従長・「朝廷」のような存在だった宮中〜|ポツダム宣言から敗戦の真相8
終戦翌年の鈴木首相の回想 -
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「黙殺=拒否」と受け取った米国と連合国〜「意思表示しない」東郷外相・「首相の真意とは程遠い」談話・「メディア次第」の報道〜|ポツダム宣言から敗戦の真相7
外電が伝えた「黙殺」の意味 -
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真相不明の鈴木首相「黙殺」談話〜言葉の含みと文字通りの解釈・木戸内大臣のポツダム宣言解釈の説明・国体と天皇の地位が不明〜|ポツダム宣言から敗戦の真相6
「黙殺=拒否」と受け取った連合国 -
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「侍従長の回想」が明らかにする昭和〜海軍出身の藤田尚徳侍従長・トルーマン大統領の「受諾させる意図」・「海外放送が先」の意図〜|ポツダム宣言から敗戦の真相5
昭和天皇最側近の一人・藤田侍従長 -
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「米英が条件緩和した」と感じた東郷外相〜「ポツダム宣言拒否は重大なる結果引き起こす」・日本経済への配慮・手記の正当性〜|ポツダム宣言から敗戦の真相4
ポツダム宣言への東郷外相の思い -
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東郷外相「無条件降伏を求めたものではない」〜正式通告前の海外放送・軍部に指示する権限ゼロの鈴木首相・本土決戦「やる気満々」の軍部〜|ポツダム宣言から敗戦の真相3
東郷外相が感じたポツダム宣言 -
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迫水久常「大日本帝国最後の四か月」が明らかにする降伏への過程〜スターリン書記長とモロトフ外相頼った日本・「ムダだった」対ソ外交〜|ポツダム宣言から敗戦の真相2
一時資料が明かす歴史の真相 -
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ポツダム宣言から敗戦に至る真実の歴史〜「無条件降伏」の真実・「大東亜共栄圏」目指した大日本帝国・かなり多かった戦前の日本の人口〜|ポツダム宣言から敗戦の真相1
当時を知る人物たちの貴重な証言 -
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特攻隊員たちの本音は「熱望」か「望」か〜「しんぷう」が正しい神風・憲法を「変えさせられた」日本・「四カ国分割占領案」と東西陣営〜|終戦の資料4
特攻隊員「送る側」の詳細な記録 -
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桐野や篠原を説諭した西郷隆盛〜「決起の同意を迫った」弟子たち・「私学校」薩摩軍団が運営した鹿児島・「水と石」だった西郷隆盛と島津久光〜|西南戦争の真相2・写真と資料が映す歴史
暴徒となった西郷の弟子たち -
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ポツダム宣言に込めた連合軍の意図〜トルーマン大統領主導の文面・「統率の外道」神風特別攻撃隊の真相・大西一航艦長官の権限と虚像〜|ポツダム宣言3・第二次世界大戦と戦後
トルーマン米大統領とポツダム宣言 -
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西南戦争当初の西郷隆盛の動きの真相〜なぜ戦争に踏み切ったか?・「明治維新最大の英雄」西郷隆盛の銅像の謎・写真が存在しない西郷隆盛〜|西南戦争の真相1・写真と資料が映す歴史
当時の新聞が伝える西南戦争の真実 -
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「本日天候晴朗なれども波高し」の真意〜「砲撃の精度の差」が出やすい天候・難しい試験と学力の差・「天候」と「天気」の違い〜|日露戦争の真実1・写真と資料が映す歴史
的中した秋山の予言 -
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謎の戦争指揮権生んだ「討幕の密勅」〜「鳥羽・伏見」と「関ヶ原」・背後で暗躍していた岩倉具視・「詔書」か「勅書」か不明の書類〜|討幕の密勅6・歴史の真実6
幕末維新の謎 -
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「宣戦の大詔を奉戴」した帝国政府〜天皇を「輔弼」の政府と「輔翼」の軍部・大戦争引き起こした帝国・開戦まで「2ヶ月未満」の東條内閣・昭和天皇が東條英機に「組閣命令」〜|太平洋戦争とアジア太平洋戦争と大東亜戦争2・写真と資料が映す歴史
天皇が率いた帝国政府+帝国陸海軍 -
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当時の新聞紙面から歴史を理解〜日本における第二次世界大戦開戦時の新聞・大日本帝国の国家の姿・「曖昧極まりない」国家体制〜|太平洋戦争とアジア太平洋戦争と大東亜戦争1・写真と資料が映す歴史
第二次世界大戦勃発の新聞報道 -
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ベトナムからゾウを呼んだ徳川吉宗〜「日本初のゾウ」長崎から江戸へ・「太平の世」江戸時代もたらした「超内向き思考」・鎖国と冬眠状態〜|世界を見た吉宗2・写真と資料が映す歴史
大いなる変革もたらした吉宗 -
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阿蘭陀本草和解など漢訳洋書奨励した吉宗〜洋書厳禁→解禁まで約80年・「内向き思考」だった徳川幕府・島原の乱の激震とキリスト教の恐怖〜|世界を見た吉宗1・写真と資料が映す歴史
「内向き」から「少し外向き」へ -
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無職の「天皇の祖父」による「究極の命令」〜中学3年生だった天皇睦仁による「賊・慶喜の殺害命令」・関白太政大臣豊臣秀吉〜|討幕の密勅5・歴史の真実5
天皇と太政大臣・摂政・関白 -
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「討幕の密勅」出した「暴発公家」中山忠能〜「明治天皇の祖父」で復活・詔と勅の違い・詔よりも範囲が広い勅〜|討幕の密勅4・歴史の真実4
謎の公家・中山忠能 -
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戦地で戦う将兵たちの「魂の叫び」遺書〜戦争の現実・世界中で戦った大日本帝国・戦死した将兵たちの慰霊碑〜|戦後の日本と世界2・写真と資料が映す歴史
戦場へ赴く兵士たちの現実を少しでも知る姿勢 -
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各地に残る「第二次世界大戦の慰霊の場」〜戦争の爪痕・終戦(敗戦)後80年の節目の年・敗戦後の日本政府の事業〜|戦後の日本と世界1・写真と資料が映す歴史
「戦後80年」を考える姿勢 -
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歴史の写真から考える学び〜少しぎこちない表情のドレス姿の女性たち・鹿鳴館「欧米の社交パーティーを日本で」・「格下扱い」からの脱却〜|鹿鳴館の真実2・写真と資料が映す歴史
歴史の写真を見て色々考えてみよう -
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大政奉還翌日の長州藩への「討幕の密勅」〜徳川幕府消滅と討幕・大嫌いな西郷隆盛に軍隊指揮権与えた島津久光・尊皇の島津家〜|討幕の密勅3・歴史の真実3
不自然でしかない「討幕の密勅」 -
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欧化の象徴・鹿鳴館への明治政府の思い〜「格下・劣等国」からの脱却・「全て欧化」を猛烈推進した明治政府・和魂洋才の徳川幕府〜|鹿鳴館の真実1・写真と資料が映す歴史
異常に欧化主義だった明治政府 -
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「西に向かって開いていた」鎌倉期の日本の国家像〜アジアから欧州に広がる広大なユーラシア大陸・異質なモンゴル帝国の勃興・「海によって遮断」され続けた日本〜|日本の国家像2・大学受験・高校受験・中学受験・社会
「何から何まで西向き」だった鎌倉時代の日本 -
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島津家と毛利家を動かした「討幕の密勅」〜同日だった薩摩への「討幕の密勅」と大政奉還・家臣だった西郷と木戸・歴史が動く「その時」〜|討幕の密勅2・歴史の真実2
日本史変えた「たった二枚の紙切れ」 -
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戦後80年の節目の年の意味〜大日本帝国を統帥した昭和天皇・ポツダム宣言受諾の最終決定・最重要だった国体護持〜|終戦の資料3
昭和天皇とマッカーサー -
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「討幕の密勅」の謎〜明治維新成し遂げた新官軍の大義名分・「封建制度の象徴」であった徳川幕府・「ガタガタ」だった明治新政府〜|討幕の密勅1・歴史の真実1
「討幕の密勅」の謎 -
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アジアにおける日本の立ち位置〜「アジアの帝王」として君臨した中国・長い歴史における日本と中国・唐と宋とモンゴル帝国から現代中国へ〜|日本の国家像1・大学受験・高校受験・中学受験・社会
変化したフビライの「視線の矛先」 -
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「鎖国」の国是と徳川幕府の対外政策〜当初なかった「鎖国」の言葉・海外交流が盛んだった戦国期・「天下人気分」秀吉のバテレン追放令〜|幕末維新の真実2・日本史の本質
信長が開き、秀吉が潰した「海外との窓口」 -
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記述の解答例から学ぶこと〜「徳川から明治へ」の理解と記述力アップ・時代の変革の象徴となった靖国神社・優れた軍人+官僚だった榎本武揚〜|日本の歴史と靖国神社4・中学受験・中学高校の学び・社会
熱意ある優れた幕臣たち -
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「近代的だった新政府軍」vs「旧体制的だった徳川幕府」の図式と事実〜長崎にオランダ国旗を立て続けた日本・オランダから日本への好意〜|幕末維新の真実1・日本史の本質
幕府が事前に知っていたペリー来航 -
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なぜ、靖国神社の前身・東京招魂社が明治2年に設立されたのか?〜「歴史の変革期」の狭間を理解して記述対策・生誕155年ほどの靖国神社〜|日本の歴史と靖国神社3・中学受験・中学高校の学び・社会
「なぜ?」を考えて思考力アップ -
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靖国神社の「国家のために一命を捧げた」祭神たち〜戊辰戦争の鎮魂・日本社会における神社と寺・世界の宗教と信者数〜|日本の歴史と靖国神社2・中学受験・中学高校の学び・社会
約246万人の日本人の鎮魂の場 -
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江戸城開城直後に「急速作成+公表」の五箇条の御誓文〜理想を強力推進した木戸孝允・由利原案に込めた「因習破壊」の思い〜|近代国家日本の骨格2
常に理想を追い求めた木戸 -
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「歴史を垣間見る」学び〜歴史の「貴重な証言者」である公文書・慌しかった昭和天皇の詔勅作成「詔勅最終版」への直接修正〜|終戦の資料2
日本における天皇の存在 -
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公文書から歴史を理解〜公文書と私文書・国立公文書館「終戦」展・終戦前後の日本の状況を資料から理解〜|終戦の資料1
様々な貴重な公文書が見られる国立公文書館 -
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廃城令発令の理由〜日本の「国家の宝=城」を廃止した廃城令・「藩のシンボル」だった城・急務だった「徳川時代のシンボル」の抹殺〜|松本城3・旅から学ぶ歴史
明治新政府の「徳川時代を消したい」思惑 -
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歴史の必然だった討幕勢力筆頭の薩摩〜江戸幕府における老中と大老・徳川家の「三河以来の体制」・徐々に延びた幕府の存続期間〜|日本史における大名11・中学受験
超越的存在だった討幕勢力トップの薩摩 -
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「天守国宝指定五城」一つの松本城〜五つしかない「国宝の城」・1873年の廃城令・廃藩置県と近代国家への大改造〜|松本城2・旅から学ぶ歴史
次々と発令を出した明治新政府 -
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守護の格式から「徳川の格式」へ〜「お山の大将」だった外様大名・政治の中枢は徳川と譜代・日本史において680年ほど君臨し続けた「幕府」〜|日本史における大名10・中学受験
譜代と外様の格式の大きな違い -
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「守護がトップの秩序」と天下人三人衆の家柄ランク〜朝廷の枢要に座り続けた中臣鎌足子孫の藤原氏・一気に巨大化した令外官征夷大将軍〜|日本史における大名9・中学受験
令外官だった征夷大将軍 -
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「薩長土肥」の諸国(藩)の肖像〜「鎌倉・室町の秩序」の圏外出身の豊臣秀吉・鎌倉から室町時代を形作った守護と守護代及び重臣と国衆たち〜|日本史における大名8・中学受験
「関ヶ原」と明治維新 -
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各地で着実に力を蓄えた国衆たち〜徐々に下へ権力移行した室町末期から戦国時代・戦国時代の象徴となった「桶狭間」・松平から徳川へ〜|日本史における大名7・中学受験
日本の歴史に甚大な影響を与えた国衆たち -
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守護代を支えて各地で力を付けた者たち〜「わずか三代で終了」した源氏将軍・明治維新以前の最大の変革・「下が上を消す」下剋上〜|日本史における大名6・中学受験
天下人・織田信長が登場したプロセス -
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各国で急成長した守護代の存在〜承久の乱を乗り越えた「尼将軍」政子・妨害された「朝廷の目論見」・鎌倉幕府の統治機構を継承した室町幕府〜|日本史における大名5・中学受験
代理役から主役となった守護代 -
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鎌倉時代を彩った守護たち〜「各国トップ」任命の権力掌握した頼朝・抜群の政治力有した北条政子・頼朝のバック=北条家の存在〜|日本史における大名4・中学受験
「鎌倉以来の守護」の武田・大友・島津 -
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全国支配体制固めた「守護代」の存在〜日本の国家像変えた源頼朝・巨大化して頭角を現した守護代たち〜|日本史における大名3・中学受験
のし上がった「臨時代理」の守護代たち -
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守護と地頭による鎌倉幕府の「武力政権」樹立〜日本史に大転換を引き起こした源頼朝・各地の大名小名を任命・地頭より遥かに強力だった守護〜|日本史における大名2・中学受験
日本の歴史の根幹となった「幕府」
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