東京の成り立ちを知ろう 4〜江戸の行方〜|江戸から東京へ

前回は「東京の成り立ちを知ろう 3〜戦国末期の江戸〜」の話でした。

戦国大名 伊達 政宗(Wikipedia)

徳川は、
秀吉に逆らわないのか・・・

我が伊達と北条だけでは・・・

秀吉に勝つのは、
無理そうだな・・・

戦国大名 徳川 家康(Wikipedia)

北条家と姻戚関係にある(親戚)家康。

秀吉に勝つのは無理!

だから、私はしばらく待つ!

北条殿も諦めて、
秀吉に降参しなさい。

仮に北条殿と伊達が組んでも、
秀吉に勝ち目は全くないですよ。

戦国大名 北条 氏政(Wikipedia)

当時、北条家は五代目・氏直が当主でしたが、実権は四代目・氏政が握っています。

嫌だ!

秀吉は、元は農民で
ただの成り上がり者ではないか!

北条家は、
関東の王だ!

小田原城は、上杉謙信ですら
落とせなかったのだ!

小田原城に籠城すれば、
大丈夫!

強気の北条家は、家康の仲介を蹴りました。

そして、豊臣家と全面的戦いに発展します。

よかろう!

豊臣の力、
見せてくれる!

怒った秀吉は、20万以上という大軍勢を大動員して、関東地方に攻め込みます。

まさか、
これほどの軍勢とは・・・

強気だった北条家は、瞬く間に関東各地で敗北し、秀吉に降伏します。

北条の領土は、
どうしようかな?

私の子飼いの家臣団に、
あげるか?

それとも、
直轄領にするか?

北条家を倒す前から、秀吉は考え続けます。

関東は、
ちょっと遠い。

遠すぎる・・・

小さな頃から東海地方で過ごした秀吉。

信長に尽くして、近畿地方を中心に活動し、北陸・中国地方へも出陣しましたが、

関東にきたのは、初めてだ。

当時は、京および京周辺が栄えた先進地域でした。

今の京都府・大阪府・兵庫県・滋賀県・愛知県・岐阜県・静岡県などが商業が盛んで、進んでいたのです。

北条の石高は、
どのくらいだ?

250万石ほどです。

のちの江戸時代、諸藩で最大だった加賀藩は「加賀百万石」と言われます。

それを遥かに上回る領土です。

大した生産力だが・・・

あまり、
お金を生む地域ではないな。

しかし、当時は、上方(かみがた)である近畿地方よりも、はるかに「田舎」です。

石田三成たちは、
上方(京都周辺)に置きたい。

関東は、
あまり魅力がない。

穀倉地帯だった武蔵(江戸)もある関東地方。

しかし、当時、近江(滋賀県)・美濃(岐阜県)・尾張(愛知県)なども、大きな生産力がありました。

そして、ビジネス好きな秀吉にとって、「商業後進国」の関東は興味がなかったのです。

現代、世界的大都市・東京は1590年当時、どちらかというと後進地域だったのです。

京都が中心・重心の日本列島(新教育紀行)

そうだ!

アイツにやろう!

秀吉は閃きます。

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