東京の成り立ちを知ろう 3〜戦国末期の江戸〜|江戸から東京へ

前回は「東京の成り立ちを知ろう 2〜昔の江戸〜」の話でした。

戦国大名 豊臣 秀吉(Wikipedia)

もうすぐ
天下統一だ!

怒涛の勢いで、勢力を伸ばす豊臣家。

戦国大名 徳川 家康(Wikipedia)

当時、徳川家は駿河・遠江・三河・甲斐・信濃(現在の静岡県・愛知県一部・山梨県・長野県)に領土を持っていました。

1585年頃の勢力図(別冊歴史人 「戦国武将の全国勢力変遷地図」KKベストセラーズ)
織田 信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

信長が本能寺で倒れた後、羽柴秀吉は猛烈な勢いで勢力を広げます。

そもそも、私は織田殿の同盟者で、
秀吉は織田殿の家臣。

本来、私の方が、
格上だ!

負けてたまるか!

家康は秀吉と小牧・長久手で戦い、事実上勝利します。

しかし、秀吉の政治力で事態は家康に不利になり、やむなく秀吉の家臣となります。

無念だ・・・

あんな奴の配下か・・・

この頃、独眼竜・伊達政宗が大きく躍進します。

まだ23歳で非常に若くして、140万石ほどの大領土を獲得した伊達政宗。

戦国大名 伊達 政宗(Wikipedia)

俺の出番か?

北条と組めば、
豊臣を倒せるか?

波に乗っていた独眼竜・伊達政宗。

政宗は本気で、「北条家と組んで、豊臣家と戦う」かどうかを検討します。

しかし、豊臣家と戦うには、徳川家康も一緒に組まなければ、対抗できません。

徳川は、
こっちにつくのか?

徳川が一緒でなければ、
話にならん。

政宗は、徳川家の方向性を見定めようと、情報を集めます。

豊臣家の力は、
強大すぎる・・・

特に、あの唸るほどの
財力が・・・

悔しいが、
秀吉には勝てん・・・

家康は悩みます。

秀吉を倒すとしたら、徳川・北条・伊達で組むのが「ラスト・チャンス」なのです。

秀吉と小牧・長久手で戦い、事実上勝利した家康。

秀吉に逆らったところで・・・

勝ち目はない・・・

家康は決意します。

今、秀吉に刃向かったところで、
勝つ見込は非常に小さい。

秀吉は、私より7歳上だ。

生誕が謎に包まれている秀吉。

秀吉の生まれた年は1536年、1537年説があります。

ここでは、1536年説を取ります。

待とう・・・

しばらく「待つ」ことにした家康でした。

この頃、今の東京、かつての江戸は北条氏が支配していました。

戦国大名 北条 氏政(Wikipedia)

しかし、北条家の拠点・経済の中心地は相模・小田原であり、江戸は重要ではない街だったのです。

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