威人と本質的教育 1|小供の教育

前回は「中学〜大学受験の大事な方針 1」の話でした。

様々な切り口で、話をご紹介している威人紀行。

山口多聞、後藤新平らの話は「やや中学〜大学受験向け」と考えています。

実は、山口多聞に関しては、小さい頃〜青年期は「優秀だった」と簡単に紹介しているのみです。

山口の少年〜青年期に関しては、Midway海戦終了後に、ご紹介します。

その山口少年の話は、本質的教育向けの話も含む予定です。

宇宙飛行士となった山崎直子に関しては、小さい頃の山崎少女の「学びへの姿勢」をご紹介しています。

これから専門職となる過程において、小さい頃の姿勢が非常に大きな影響があると考えています。

ここでは、「本質的教育の一つのあるべき姿」が見受けられると考えています。

アインシュタインの話も、当面は彼が小さい頃〜青年期の話を中心とする予定です。

20世紀初頭に「非常に優れた発見を次々と発表」したアインシュタイン。

彼のような大天才は、そうそう現れませんが、青年期までの彼の人生から「良い教育像」を考えてみたいと思います。

山川捨松に関しても、彼女が小さい頃から「学び」へ懸命になる姿を描いてゆきます。

「会津藩の中心となった家柄」出身のため、会津戦争に関してこれから大きく触れてゆきます。

それは、彼女の家族も歴史のうねりに巻き込まれ、のちに山川から大山になる際にも、その影響があるからです。

西郷に関しては、歴史的内容は山口同様に、様々な方針・姿勢をご参考にしていただければと思います。

また、幕末・明治維新を一つの切り口から考えることで、歴史の学びにもなる内容を考えています。

西郷を西郷たらしめた「郷中教育」に関しては、松下村塾などとも比較してゆきたいと考えます。

吉田 松陰(Wikipedia)

少し誇張も見受けられますが、「長州藩出身者の骨格」を形成した吉田松陰。

合議制とも言える郷中教育と、吉田松陰という人物のカラーが強く反映された松下村塾。

大きく異なる組織ですが、それぞれの良いところ、そうでないところなども考えてゆきたいと考えます。

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