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山口多聞 14〜先輩と後輩〜|威人紀行

前回は「山口多聞 13〜日本の進むべき道〜」の話でした。

山口多聞 司令官(Wikipedia)
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逸る山本長官

山本五十六 連合艦隊司令長官(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)

今、今しかないのだ!

この、我が日本海軍が勢いに
乗っている今こそ!

米海軍を叩きのめす、最大のチャンス!

伊藤整一 軍令部次長(Wikipedia)

軍令部としては、
認められません!

ならば、私は
連合艦隊司令長官を辞任します。

またか・・・

と思う伊藤軍令部次長でした。

海軍兵学校の先輩・後輩

海軍の将官は、ほぼ全員が海軍兵学校卒業生です。

つまり、組織内ほぼ全員が「同じ卒業生」なのです。

ということは、「先輩・後輩」が一生影響します。

海軍兵学校卒業期名前役職
28永野 修身軍令部総長
32山本 五十六連合艦隊司令長官
32嶋田 繁太郎海軍大臣
39伊藤 整一軍令部次長
40山口 多聞第二航空戦隊司令官
海軍幹部の海軍兵学校卒業期(1942年5月)

「海軍三顕職」と言われる、大幹部・軍令部総長・海軍大臣・連合艦隊司令長官。

その三役職は、28期〜32期に集中していました。

そして、「若手」は伊藤次長や山口司令官。

大幹部の方々よりも10期ほど下となり、「明確な後輩」です。

私は、
大先輩なんだぞ。

山本先輩は、
私の言うことを聞かない・・・

先輩・後輩と、作戦計画は別では・・・

先輩の山本長官を抑えるのは、自分達の先輩の永野総長・嶋田海軍大臣しかいません。

嶋田大臣は、山本長官と同期で、気心知れています。

しかも、嶋田大臣より山本長官の方が卒業時の成績が良いため、「先任」になります。

それもあって、なかなか同期では反対しにくいのが実情です。

残るは「山本長官の先輩」の永野総長だけ。

永野 修身 軍令部総長(Wikipedia)

しかし、永野総長も、逸る山本長官を抑えることが出来ません。

山本は、
なかなか強情でな・・・

先輩と後輩と

読者の方が社会人以上であれば、

うんうん。
分かる。

というご意見が多いでしょう。

小学生〜高校生では、この「先輩・後輩」という感覚は、分かる面・分からない面があるでしょう。

なんとなく分かるよ。

上の方には、なかなか
反抗できないわ。

最近はコロナのこともあって、様々な同窓会・OB/OG会の開催が少なくなりました。

以前は、よく武蔵高校のOB会の集まりに出かけていました。

僕は70期卒業ですが、初対面で年齢が近そうな方と話し始めると

〜ですね。

〜ですよね。

お互い、敬語で話が始まります。

ところで、何期卒業ですか?

私は、69期卒業です。

卒業期が近いと、急に親近感が湧きます。

僕は70期です。
部活の先輩にTさんがいて・・・

ああ、Tな。
あいつ、すごく数学できたな。

そういえば、部活の後輩の
Oがいたけど・・・

ああ、Oですね。
水泳が得意でしたね。

こうなると、もう完全に「上下関係」が出来てしまいます。

それに応じて、言葉遣いまで変わってきます。

〜だよな。

〜ですね。

こういう「先輩・後輩」の関係は、「在学時に無関係」であっても、影響が出ます。

それはそれで、仕方ないのです。

しかし、この「上下関係」が「軍・仕事の領域に影響」することは、決して健全ではありません。

これで大丈夫か?

懸念する山口司令官でした。

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