御三家の話 2|中学受験

前回は「御三家の話 1|中学受験」の話でした。

この「誰が・どこの機関が決定したか不明」ながら、浸透している「御三家」という名称。

戦前と戦後で変わりました。

神奈川御三家、など地域に応じた名称もあり、「名門校をまとめる」考え方が、受験界には昔からあります。

この言葉が浸透している一つの理由は、「御三家」の一言で「名門校三校をまとめて言える」便利さがあります。

うちは
御三家に強いです!

というと、具体的学校名を出さなくても「名門校に強い」ことの意味になります。

そして、なんとなく「高貴な感じのする」言葉を使うことで、格調高くなります。

徳川時代、紀伊・尾張・水戸だった御三家。

「ごさんけ」という日本語の響きも、なかなか良いです。

御三家と呼ばれる学校に通う生徒・卒業生もまた、格調高い感じで、嬉しい感じがあるのも事実でしょう。

実際、武蔵卒の僕も「御三家」と「格調高い、別格扱い」は、ちょっと違う感じがして嬉しいものです。

学校制度の変更もあり、戦前から戦後にかけて変わった御三家。

その時に変わったのは、戦前と戦後の日本が「全然違う国」であることも、大きな要因だったでしょう。

2000年頃から、武蔵高校の東大進学実績が急落しました。

そして、

武蔵は、
もはや御三家ではない。

と言われるようになりました。

「武蔵、凋落」みたいな記事も出たことがあります。

これは、武蔵中・高の生徒・保護者・卒業生にとっては、残念なことです。

別に御三家で、
なくてもよい。

と言う方もいます。

「御三家」の基準が、戦前と同じ「一高(東大)合格者数」であれば、もはや武蔵は御三家から外れるでしょう。

「何を基準に御三家か」が、最も大きな問題となります。

仮に武蔵が外れるとすると、「どの学校を入れて、それは何を基準とするのか」が大事です。

「御三家」が「どこか特定の機関の認定による」ならば、その機関が「いくつかの指標」をもとに

御三家は、
A,B,Cです。

と、決定するでしょう。

日本らしく、「なんとなく」決まったまま浸透している言葉のため、曖昧な状況が続いています。

次回は、「今の時代の御三家」に関して、考えます。

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