過去問から学ぼう〜歴史・地理と記述の問題〜 2|武蔵中2022年社会・中学受験

前回は「過去問から学ぼう〜歴史・地理と記述の問題〜 1」の話でした。

2022年武蔵中学 社会

前回、「最初に文章を読んだときに、キーワードにマーク」する話をしました。

こういう問題は、時間に追われているので

早く、問題見て
解かなきゃ!

と思う方が多いですが、問題へ行く前に二度読むようにしましょう。

最初に、ざっと内容を読みキーワードを把握して、2回目読むときにしっかり読むのが良いでしょう。

そして、問題へ行くと、「出題者の意図」を理解しやすいでしょう。

あるいは、

文章読んだ後、
問題を見た方が全容がつかめる。

と考える方もいるでしょう。

その場合は、一度文章を読んで、問題をサッと見て

こういうことを
答えれば良いのね。

「問われていることを先に理解」してから、二度目を読むと良いでしょう。

二通りの取り組み方がありますが。「どちらが良い」はないでしょう。

それぞれの子どもの個性に合わせて選んで頂ければ良いでしょう。

「どちらの方針で取り組むか」を決定して、これから過去問などに取り組んでゆきましょう。

直前期は、

学力上げなきゃ!

もっと沢山
問題やろう。

と気が急いてしまいますが、「解く姿勢」を固めることは非常に大事です。

問2へ行きましょう。

2022年武蔵中学 社会(四谷大塚ドットコム 中学入試過去問データベース)

興譲館(米沢)、時習館(熊本)の場所を選びます。

それぞれが、興譲館などの「館名のみ」だと、かなりハードルが高い問題になります。

() 内が大事なヒントになっており、「米沢と熊本の場所」を聞いています。

熊本藩は、現在の熊本県と同一です。

米沢藩も現在米沢市がありますが、都道府県名でないので、東北以外の方には少し難しいです。

山形県米沢市は、上の地図の1です。

そこで、答えは「ア-1、イ-4」となります。

米沢は非常に由来のある土地で、元々は伊達家の本拠地でした。

伊達 政宗(Wikipedia)

伊達家が領土を急拡大した後、秀吉の小田原攻め(北条攻め)の際に遅れて参陣します。

豊臣 秀吉(Wikipedia)

政宗よ。
領土没収の上、奥に引っ込みなさい。

と秀吉に許されたものの、怒られてしまい、領土を仙台へ移動されます。

その後、米沢に入った大名がおり、最終的に上杉家が入りました。

戦国大名 上杉謙信(Wikipedia)

あの上杉謙信の上杉家です。

その後、関ヶ原の戦いで徳川家康に刃向かった上杉家。

取り潰しは免れ、領土の75%を削られて米沢藩・上杉家が始まりました。

第九代米沢藩主 上杉鷹山(Wikiepdia)

第九代米沢藩主・上杉鷹山は内政の改革者として有名です。

小学生の方は、上杉鷹山は知らなくても良いですが、彼に関する文章題は出題可能性あります。

予備知識として、知っておいて良いでしょう。

図解幕末史(インフォレスト)

江戸時代には、「鉢植え式」に領土を移される(移封される)大名が多数いました。

しかし、島津家・毛利家・細川家などと同様、上杉家も移封を免れた数少ない大名です。

上の図で「長州・明倫館」「薩摩・造士館」「佐賀・弘道館」は比較的有名なので、押さえておきましょう。

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