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知識・記述問題対策〜徳川幕府から新政府へ 1(幕藩体制の実態)〜|中学受験の歴史

前回は「自分で考えてみよう!2〜歴史の裏側を覗いてみよう〜」でした。

今回は歴史の流れを知って、知識を深めて暗記・記述問題の対策とする話です。

「徳川幕府と幕藩体制」に関する話です。

明治維新を成し遂げた新政府。

藩を無くさなければ、近代日本はつくれない。
諸藩の持つ権限が強すぎて、
新政府の権力が小さすぎる。

特に政治を主導していた薩摩・大久保利通と長州・木戸孝允の「廃藩への思い」は強かったのです。

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大久保利通(国立国会図書館)

徳川時代の各藩は「徳川幕府の支配下にある」ために、徳川幕府末期以前に幕府の勢力が強い時は「幕府の命令を聞かなければならない」立場でした。

しかし、各藩における政治・経済のに関しては、各藩ごとの藩主に裁量権がありました。

参勤交代のために各藩が設置していた江戸藩邸(上・中・下屋敷)へは「幕府といえども簡単には侵入できない領域」でした。

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坂本龍馬(Wikipedia)

坂本龍馬・中岡慎太郎が暗殺された際は、土佐藩邸から目と鼻の先、というか目の前の一軒家にいたのです。

龍馬・中岡が土佐藩邸にいれば
暗殺されずに済んだのでは

土佐藩邸には多くの土佐藩士・武士がいるため強力な防衛力を持ち、権利上も侵入することが難しいからです。

いわば、各藩の藩邸は徳川幕府に対して治外法権を持っていた状況でもあり、各藩は独立国家のような形でもありました。

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木戸孝允(Wikipedia)

この政治・行政システムも重要ですが、同様に重要な存在が各藩発行の「藩札」です。

「藩札」は「ある藩が発行した紙幣」で、その時々で価値が変わりますが取引上有効なお金です。

徳川時代は幕府が正式に認める金・銀・銭以外に藩札があり、藩札の種類は非常に多かったのです。

色々なお金があっては、管理するのは非常に大変です。

維新新政府の政治家たちは考えます。

お金の種類が多いと、分からなくなってしまう。
管理するのが大変すぎる。
徳川幕府はどうやって管理していたんだ?
というか、管理できないで「市場原理に任せていた」だけではないのか?
シンプルにしないと、近代国家にならない。

政治・行政からお金などの経済システムに至るまでシンプルに!
全て「新政府直轄の管理」にしなければ。
藩は全て無くして、全ては政府直轄の中央集権化。
これを断行する!

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島津久光(国立国会図書館)

「時代の流れ」を感じていた藩主の多くは「それは分かっているのだが・・・」という立場でした。

特に「廃藩」の新政府の方針に当初から猛烈に反対している、非常に厄介な人物がいました。

廃藩なんて、あり得ない!
「利通」なんて勿体ぶった 名前に変えたが、お前は大久保一蔵だろう!
一蔵よ、お前一体何考えているんだ!
お前は私の家臣だろう。

それは、西郷隆盛や大久保利通にとって「かつての主人」であった島津久光だったのです。

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