「徳川けいき」とは誰か?〜「高貴さが漂う存在」だった華族・世界が驚愕した「おとなしい大革命」廃藩置県・「教科書通り」ではない歴史の側面を楽しむ姿勢〜|中学受験・高校受験・大学受験

前回は「暗記のおすすめ勉強法〜暗記は無理に覚えようとしない・歴史の流れを理解して暗記・歴史上の人物を自分で想像してイメージ・「なぜだろう?」の姿勢と効果的記述対策〜」の話でした。

目次

「徳川けいき」とは誰か?:「高貴さが漂う存在」だった華族

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徳川けいき(新教育紀行・国立国会図書館の画像を編集)

今回は「徳川けいき」の話をご紹介します。

日本の歴史上存在した「徳川けいき」は、かなり有名な方ですが、ピンとくる方は少ないと思います。

徳川けいき?
聞いたことないけど・・・

徳川ってことは、
徳川幕府の将軍、御三家などの方かな・・・

けいきって、ケーキみたいだけど
関係ないのかな?

「けいき」という読み方の名前は、現代でもそれほど多くなさそうです。

そして、どことなく「高貴な香り」がする読み方です。

「徳川けいき」という読み方・音からは、「やんごとなき身分」の方のように感じられます。

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徳川幕府初代将軍 徳川家康(Wikipedia)

「徳川」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、徳川家康です。

現代日本では、天皇を中心とする皇族は別格として、徳川家・島津家などの名家が残っています。

明治維新の際には、旧大名などが一斉に「華族」となり、特権階級となりました。

華族に連なる方々は、公爵・男爵・子爵などの名誉が与えられ、特別な存在となりました。

のある一族」を意味する「族」は、その名称からして「高貴さが漂う存在」でした。

この「華族誕生」のきっかけは廃藩置県でした。

幕末当時、300ほどの藩が存在し、それぞれが「ある程度は独立国」のような存在でした。

徳川幕府が統括していましたが、欧州のような「絶対王権」とはほど遠い統治機構だった江戸時代。

その「300の国」が「一斉に消えた」のが廃藩置県でした。

世界が驚愕した「おとなしい大革命」廃藩置県

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左上からパークス英国公使、ペリー米提督、ハリス駐日米大使、ロッシュ駐日フランス帝国公使(Wikipedia)

日本史において、廃藩置県は比較的あっさりと説明されます。

実は、廃藩置県こそが「明治維新最大の革命」でした。

文字通り「藩をし、県を設」が廃藩置県であり、日本の国家像がガラリと変わりました。

なぜ、Japanでは、主君たちが
こんなにあっさり領土と領民を手放すのだ?

いくらEmeperor(天皇)の
権威が絶大とは言え、考えられないが・・・

同じことを、Europe(欧州)で
やろうとしたら、数年は大規模な内戦になるだろう・・・

欧州であれば、戦争が勃発するはずだった「廃藩置県」は、比較的すんなり行きました。

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明治維新の立役者たち:左上から時計回りに木戸孝允、岩倉具視、大久保利通、西郷隆盛(国立国会図書館)

この廃藩置県において、「旧藩主たちの反乱を防ぐ」ために、御親兵が編成されました。

反乱を起こす者が
出たら、この西郷が相手するごわす!

当時、日本で唯一人の陸軍大将(一時は元帥)であり「軍の頂点」であった西郷隆盛。

この「西郷隆盛と御親兵の睨み」によって、廃藩置県は「速やかに何事もなく進行した」のが通説です。

実態・実情は少し異なります。

実際、藩主たちの中には、

こんな馬鹿げたことを
すんなり認められるか!

おのれ・・・
周囲の藩と共に反乱起こすか・・・

と具体的に考えた方もいたはずでした。

そこで、明治新政府は、

藩主・大名だったみなさんには、
華族という特権階級をご用意しています!

と、かなりの身分と相応の収入が約束されている「特権階級・華族」を作りました。

この「アメ」こそが、廃藩置県が「穏便に成功した」最大の秘密でした。

華族か・・・
まあ、藩主の時も借金だらけで大変だったが・・・

華族とやらになって、
楽しく、ゆっくり暮らすのも悪くなさそうだな・・・

この「華族」という「アメ」と、御親兵という「ムチ」を用意した明治政府の政策は際立っていました。

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明治天皇(国立国会図書館)

我らは、徳川将軍の家臣ではなく、
天皇陛下の臣民となったのだ・・・

日本の歴史上、征夷大将軍や絶対的権力者が存在しても、常に「天皇(陛下)は上」でした。

「徳川家に従ってきた存在」から「雲の上の天皇直属の民」であり、その中で別格の華族。

新たな時代となり、明治天皇の
臣下の中の別格の華族なら、まあいいか・・・

そして、ほぼ全ての旧藩主・大名たちは、

まあ、確かに、
特別な立場であれば、良いだろう・・・

と考え、「まあ、いいか」と誰も反乱を起こさず「おとなしい大革命」廃藩置県は進行しました。

そして、華族は1947年の日本国憲法施行まで続きました。

「徳川けいき」さんは、明治〜昭和に存在した「華族の方のような雰囲気」を名前から感じます。

「教科書通り」ではない歴史の側面を楽しむ姿勢

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第十五代将軍 徳川慶喜(Wikipedia)

実は「徳川けいき」は、徳川慶喜です。

え?なんで?
確かに「けいき」とも読めるけど、違うでしょ!

徳川慶喜は
「よしのぶ」でしょ!

確かに、一般的には徳川慶喜は「とくがわよしのぶ」と習います。

一方で、徳川慶喜は確かに「徳川けいき」と呼ばれ、自らも、

余は
徳川けいき、なのだ!

と名乗っていたこともあります。

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作家 司馬遼太郎(司馬遼太郎の戦国 朝日新聞出版)

私たちの世代は、徳川慶喜を
「徳川けいき」と呼ぶことが多いですね・・・

司馬遼太郎もまた「徳川けいき」の呼び方に「なんとなく共感」を持っていたようです。

でもさ、テストで「徳川よしのぶ」と
答えたら◯の問題で、「徳川けいき」でいいの?

「徳川けいき」って答えたら、
X(バツ)にされそうだけど・・・

テスト・入試において、「徳川慶喜」と答えるべき問題があると思われます。

この「慶喜」という漢字は、それほど難しくありませんが、「パッと書けるか」と言われると、

「徳川慶喜」って
ちゃんと書けるかな?

という方も多いでしょう。

「漢字で答えなさい」という問題ならば、「徳川慶喜」が正しい答えです。

「漢字で」という規定がなければ、「徳川よしのぶ」と答える方もいるはずです。

ここで、「徳川けいき」という回答に対して、「採点者がどのように対応するか」は分かれそうです。

「歴史学」の面から考えれば「徳川けいき」は◯であり、

「徳川けいき」と慶喜自身が
名乗っていることも知っているのかな?

色々なことを
知っていて、とても良い!

と、むしろ評価されて然るべきと考えます。

このように、人物の読み方は「教科書通り」ではないこともあり、歴史には様々な側面があります。

このような「歴史の側面」を楽しむ姿勢を持つと、歴史に興味が出て、自然と暗記も増えるでしょう。

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