おすすめ時事問題・対策・ポイント〜半導体の日本のシェア低下・最先端科学の凋落〜|中学受験・社会

前回は「おすすめ時事問題・対策・ポイント〜現代物流と江戸時代の航路・河村瑞賢・大事な物流〜」の話でした。

目次

日の丸半導体と現代

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日本の半導体の国際シェア変遷(2021年経済産業省 半導体戦略)

コロナ禍による物流問題から、江戸時代の物流の話でした。

今回は、時事問題と日本の国際的地位に関する話です。

バブル絶頂期に世界の半導体シェアの半分ほどを占め、「日の丸半導体」とも言われた半導体。

その後、急速にシェアを落としています。

ある国のメーカーが、「どの国で生産しているか」にも寄ります。

物流混乱により、PC等の納期が大幅に遅れていることは、様々な要因があります。

日本の半導体産業の国際的地位が、大幅に低下していることと無縁ではないでしょう。

半導体素子AMD Ryzen5(Wikipedia)

中学入試への出題は、かなりハイレベルとなります。

文章やグラフで説明をした上で半導体産業のことを問う可能性はあると思います。

半導体の納期が遅れているのは、物流の混乱と需要の増加が原因です。

半導体の需要急増の理由

コロナ禍によってリモートワークが増加

パソコン・タブレットなどの電子機器の需要

クラウドなどのデータセンターにおける電子機器の需要増

予備知識があれば、これらの問題が出ても対応しやすいでしょう。

日本の電機業界の現状と世界

戦後、高度成長期の頃、日本の電機業界は世界を圧倒していました。

それは、日本の経済力の異常な膨張と呼応するかのようでした。

1970〜1980年代、急速というよりも、異常なスピードで膨張・成長を続けた日本経済。

日経平均株価の推移(IG證券)

その異常なまでのパワーは、あらゆる面に波及しました。

後年「バブル」というと「悪いこと」のような印象を受けます。

実際には、バブルによって「強い経済力」を持つことから、科学技術・文化などにも良い波及もあったのです。

「バブル崩壊」で日本経済のみならず、「日本という国家」まで壊れてしまった日本。

1988年には、「半導体の世界50%以上のシェア」を持っていた日本。

バブル崩壊と歩調を合わせたように、みるみるシェアを落としました。

1988年の4年後の、1992年には「50%以上のシェア」から「40%を下回るシェア」にまで落ち込みます。

この頃の風潮は、

最近、
日の丸半導体が元気ないが・・・

大丈夫!
また持ち返すさ!

また、
巻き返して、日本の技術を世界へ!

「シェアの減少」などは、「一時的で、また巻き返す」と考えられていたのです。

一方で、この頃から台湾・韓国などの半導体事業が急成長してゆきます。

1990年頃までは、「アジアの最先端技術といえば、日本しかない」状況でした。

その状況に、日本の日本の科学技術界は「胡座をかいていた」のかも知れません。

日本が
一番なのさ!

Japan as No.1(エズラ・ボーゲル著 CCCメディアハウス)

エズラ・ボーゲルの「Japan as No.1」が出版されたのが、1979年。

それから、日本はなお猛烈な勢いで成長しましたが、バブル崩壊以降、ピタリと止まります。

そして、「最先端」を走っていた存在であったJapanは、歩みを留めてしまいました。

こんな
はずでは・・・

日本が
台湾・韓国に負けるなんて・・・

戦後からずっと、「革新を続けてきた」日本でしたが、勢いが止まってしまい、一気にしぼんでしまいました。

その後も、企業再編などで

再生するぞ!

と必死に再起をかけますが、日本の半導体業界は「世界市場から消えそうになっている」のが実態です。

新教育紀行

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