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Henry Stimson 4〜悪化する日米関係〜|威人紀行

前回は「Henry Stimson 3〜優れた感受性〜の話でした。

Henry Stimson 陸軍長官(Wikipedia)
目次

険悪になる日米関係

Kyotoをこよなく愛するスチムソン陸軍長官。

ルーズベルト大統領から、陸軍長官就任を打診され、引き受けます。

Franklin Roosebelt米大統領(Wikipedia)

この頃、ヨーロッパではヒトラー率いるドイツの独壇場で、米国は参戦の機会を窺っていました。

Adolf Hitler独総統(Wikipedia)

日米交渉が続けられ、米国はハル国務長官が、日本は野村・栗栖駐米大使が、交渉を続けていました。

Cordell Hull国務長官(Wikipedia)

当時、中国をはじめとするアジアの侵略戦争を大規模に実施していた日本。

ハル国務長官は、日本に対して非常な強行姿勢を貫きます。

Cordell Hull国務長官と野村・来栖米国大使(歴史街道 2021年12月号 PHP研究所)

そして、遂に、「ハル・ノート」と呼ばれる「最後通牒」を日本に突きつけます。

この提案の全てを、日本が
呑むことは、ない!

日本との戦争が開始することを予想していた、ハル国務長官。

あとのことは、皆様にお任せします。

分かりました。
陸軍はお任せを。

あの美しいKyotoだけは、
戦場になってほしくない。

ハル国務長官は、陸海軍に本格的な戦争準備を依頼します。

親日派のスチムソン陸軍長官としては、残念に思ったでしょう。

しかし、合衆国のために、私は最善を尽くそう!

米陸軍を統括

陸軍長官は、日本においては陸軍大臣です。

スチムソン陸軍長官は、第二次世界大戦を通じて、米陸軍を統括しました。

総理大臣に限らず、大臣や責任者がコロコロ変わる日本。

対して、米国は「落ち度がない限り、同一人物が続ける」姿勢が鮮明です。

なんと、スチムソンは、1940年から日本が敗戦を迎える1945年まで、ずっと陸軍長官を続けます。

陸軍長官の役目、それは陸軍の軍政面でした。

日本と米国は、軍部における組織が似ていて、下記のようになっていました。

日米の陸軍最高幹部

陸軍長官(陸軍大臣):軍政(人事・行政などの維持管理)の最高責任者

参謀総長:軍令(戦争・戦闘などの作戦指揮)の最高責任者

「陸軍内の組織は似ていた」日米両国。

しかし、陸軍長官(陸軍大臣)・参謀総長の立場は、著しく異なっていました。

日米交渉を継続していた際、総理大臣だった近衛文麿。

近衛 文麿 全内閣総理大臣(Wikipedia)

不満を持った東條英機陸軍大臣が、辞任してしまいます。

東條の代わりの陸相を、
陸軍が出してくれない・・・

これでは、内閣を続けることはできない・・・

陸軍の嫌がらせによって、近衛内閣は倒閣してしまいます。

昭和天皇(Wikipedia)

そして、昭和天皇から大命が東條英機に下り、東條英機が新内閣総理大臣となります。

東條 英機 新内閣総理大臣(WIkipedia)

そして、東条内閣の陸軍大臣は誰だったかというと・・・

それは知らないわ。

かなり細かな知識だね。

東條 英機 新陸軍大臣(WIkipedia)

なんと、東條英機総理が兼務したのです。

えっ。なんで?

陸軍大臣より、総理大臣の方が
偉いのではないかしら?

そもそも、総理大臣なのに、
陸軍大臣の役目も果たせるの?

すごく大変そうだわ。

この「東條英機が陸相(陸軍大臣)兼務」の事実こそが、日米の組織上の大きな違いが表面化した事態でした。

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