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西郷隆盛 9〜基礎を固めた若き日々〜|威人紀行

前回は「西郷隆盛 8〜知識至上主義へ〜」の話でした。

西郷 隆盛(国立国会図書館)

郷中教育から明治維新への教育方針を俯瞰しました。

今回は、西郷の話に戻って、若き頃の西郷に目を向けましょう。

目次

藩校・造士館

生まれ育った下加治屋町の郷中教育で、ずっと学び続けた西郷。

郷中教育一筋、と思いきや、8歳頃から藩校の造士館で学び始めています。

教科書は、四書・五経などで、基本をしっかり学んだのでした。

四書・五経は、しっかり学んだ!

そして、演武館では、剣術・馬術などの武術を稽古しました。

この藩校への登下校は、郷中ごとに、年上の二才(にせ)に連れられてゆくのが通常でした。

小学校の集団登校と同じで、「子どもたちは一緒に登校」だったのです。

藩校で学ぶことは義務ではなく、それぞれの考え方だったでしょう。

下級藩士で、かなり貧しい家柄だった西郷家でしたが、「しっかり基礎を学ぼう」という姿勢がありました。

基礎を固める大事さ

「大人物」の代名詞とも言える西郷隆盛。

その西郷ですら、小さい頃は「しっかり基礎を固めて」人生を生きてきたのでした。

基礎が大事ごわす!

「基礎無くして何もなし」という方針を、西郷家も持っていたのでしょう。

頭の良さと勉強

明治維新最大の「大人物」と言われる西郷隆盛。

西郷隆盛という人物の強さ・奥深さは、諸説あります。

西郷は「頭が良かったか?」に関しては、さまざまな意見があります。

そもそも「頭の良さとは何か?」という議論もあります。

ここでは、一般的に現代で「頭が良い」とされる「成績が良いこと」を、一つの価値基準とします。

すると、西郷は、とても「頭が良い」部類には入らないでしょう。

「ここぞ!」という勘所は、優れているごわす。

しかし、それもまた、これからご紹介する「様々な大挫折」で後天的に得たように感じます。

試験などは、あまり得意ではなさそうです。

大久保 利通(国立国会図書館)

ある意味、西郷とは対照的な大久保利通。

彼は典型的な「頭が良い」人物で、様々な策謀を巡らせるのが得意でした。

明治維新では、「戦場での働き」はほとんどなく、もっぱら「頭脳戦」で薩摩を牽引しました。

現代でも、大久保は優等生で通すでしょう。

木戸 孝允(国立国会図書館)

木戸孝允は、文句なしの「かなりの優等生」でしょう。

この「優等生です」という顔つき。

彼が現代に生きてきたら、ほとんど全ての科目を優れた成績で通し、立派な優等生になりそうです。

とりたてて、優れた頭脳を持っていた訳ではなかった西郷隆盛。

現代で言う、算数・国語をしっかりと造士館で学んで、「人生の基礎」を作ります。

学ぶ内容も大事ですが、「基礎を固める姿勢」が、のちの西郷の土台になったのでしょう。

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