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西郷隆盛 5〜議論して実行〜|威人紀行

前回は「西郷隆盛 4〜郷中教育での学び〜」の話でした。

西郷 隆盛(国立国会図書館)

今回は、オリジナリティー溢れる郷中教育と、明治時代を考えます。

目次

明治維新へ

西郷たちの活躍により、明治維新が成立し、大久保利通らが中央集権・画一化を推進します。

大久保 利通(国立国会図書館)

明治維新以降に「西洋に追いつけ、追い越せ!」がスローガンとなり、「西洋文明を吸収する」ことに主眼が置かれました。

現代、G7の一員として、曲がりなりにも「強国」の一つの日本。

幕末・明治維新期の頃の日本は、「強国でもなんでもない」国でした。

「GDPが2位から3位に転落した」日本。

明治維新期の世界ランキングでは、「20位にも入らないレベル」だったのです。

欧米、特に欧州中心の当時の世界にとっては、日本は、せいぜい「新興国」の一つに過ぎなかったのです。

極東にJapanという国があるが・・・・

GDP・市場は、Chinaの方が、
はるかに大きい。

Japanは、大して重要な国ではない。

日本の世界おける「立ち位置」は、当時は大したことはなかったのです。

「義を言うな」の薩摩

「考えて、議論すること」を、非常に重視した薩摩藩。

薩摩藩には、有名な言葉がいくつかあり、その一つが「義を言うな」です。

これは、状況などによって多少意味が変わります。

基本的な意味は、「しっかり議論して決定した後は、文句言うな」です。

つまり、「皆が寄り合って、ガンガン議論することは大事」であり、「決まったら、それを実行」です。

大山 巌 満州軍総司令官(日露戦争)(Wikipedia)

「散々議論して一度決定したこと」を、さらに議論続けても「議論に終わる」可能性があります。

それでは、「議論する意味がない」というスタンスでしょう。

この議論した後の「実行力」は、薩摩らしい非常に大きなポイントです。

東郷 平八郎 連合艦隊司令長官(日露戦争)(Wikipedia)

郷中教育で育った人物が、明治維新期以降、飛躍して行きます。

大山巌 満州軍総司令官、東郷平八郎 連合艦隊司令長官、黒木為楨 満州軍司令官ら、明治日本の立役者達。

彼らはみな、西郷・大久保と同じ下加治屋町出身です。

黒木 為楨 満州軍司令官(国立国会図書館)

ほんの小さな町から、大勢の偉大な人物が育ちました。

彼らが薩長閥によって「出世しやすい環境」にあったことも事実ですが、優れた人物であったこともまた事実です。

そして、その原動力が郷中教育だったのです。

さらに、彼らが西郷隆盛の影響を受けていたこともまた事実であり、西郷の偉大さを物語ります。

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