歴史の事柄や出来事を考えるコツ〜記述の模範解答例への考え方・飲料水と都市の地形・平城京から平安京への流れと「幻の長岡京」・遷都の大きな理由〜|女子学院中2024年社会3・中学受験

前回は「歴史の事柄や出来事を考えるコツ〜年号ではなく前後の流れから推測・同時代の出来事を考えるポイント・「同時期の出来事」を推測〜」の話でした。

目次

歴史の大事なポイントを理解するコツ:飲料水と都市の関係

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女子学院中学 入試問題:2024年 社会(新教育紀行)

水や井戸に関する問題の問4を考えてみましょう。

「最も飲料水が得にくかった」都市を平城京・平安京・鎌倉から選びます。

日本が倭国から発達してゆき、中国の都市構造を参考にして作った都市が平城京でした。

その後、平安京に遷都して、平安時代が続きました。

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藤原道長(Wikipedia)

そして、前回の問3で登場した中臣(藤原)鎌足の直系である藤原道長が栄華を誇りました。

「貴族の時代」が長く続き、源平の戦いが勃発して「武士の時代」となって行きました。

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鎌倉幕府初代将軍 源頼朝(Wikipedia)

そして、源頼朝が鎌倉に「最初の幕府」を開き、武家政権が成立したのが1192年(1185年)です。

この時から「為政者は征夷大将軍」が定着しました。

そして、室町(足利)幕府、江戸(徳川)幕府と続き、幕末の1868年まで680年ほど続きました。

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第十五代将軍(最後の征夷大将軍) 徳川慶喜(Wikipedia)

私は、日本史上
「最後の征夷大将軍」なのだ!

考えてみれば、「初代征夷大将軍」に近い印象の坂上田村麻呂は文字通り「戦う将軍」でした。

当時、東北地方は「蝦夷」と言われて、日本の中心だった京・朝廷から見れば「辺境の地」でした。

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征夷大将軍 坂上田村麻呂(Wikipedia)

私が蝦夷どもを
退治して、朝廷の領土を広げるのだ!

ある意味、後々の時代の「帝国」を思わせるような荒々しい発想で、領土を広げたのが平安時代でした。

そして、時代が下るにつれて、「征夷大将軍」が変化・変質して行ったのが歴史です。

今回、問われていることは「都市と水」という非常に大事な問題です。

飲み水は「上水(じょうすい)」と言われ、トイレなどの水は「下水」と言われます。

これら、上水・下水は「都市の基盤」であり、特に飲料水なくして都市は成立しません。

ここでは、平城京・平安京・鎌倉という比較的昔の都市を取り上げ、「都市の基礎」の理解を考えます。

平城京から平安京への流れと「幻の長岡京」:遷都の大きな理由

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女子学院中学 2024年 社会:考え方(新教育紀行)

まず、それぞれの都市の位置は押さえておきましょう。

平城京は奈良、平安京は京都、鎌倉は現在も同じ地名・位置です。

「飲料水」で、井戸のことも登場しましたが、「鎌倉は海が近い」がまず思い浮かびます。

「海水」は飲料水には適しませんが、海が近いと雲が湿るので、雨が降りやすいです。

海の近くの鎌倉は
飲料水は大丈夫そうだな・・・

と考え、まずは鎌倉は答えではないです。

そして、平安京と平城京の飲料水に関しては、「地域の特殊性」を考えてみましょう。

現在の京都、奈良は内陸部にあるため、海とは遠い位置にあります。

さらに、いずれも盆地にあるため、比較的雨が少ない地域です。

盆地は、海水を含んだ雲が山に遮られてしまうため、雨雲が比較的来ないエリアです。

すると、京都も奈良も「似たような状況」ですが、京都の方が奈良よりも川など水は豊富そうです。

そこで、付近に奈良よりも川が多い京都はOKなので、答えはア:奈良時代の平城京です。

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平等院鳳凰堂(新教育紀行)

さらに、「平城京→平安京」の流れも考えてみましょう。

「都を移す・移動する」のは、かなり大変なことです。

平城京から平安京に移動した理由は、当時の政治的要素や占い・迷信による要素がありました。

それらの要素は重要で、特に昔の時代は「吉凶」による考え方が強かったので、

平城京よりも
平安京の方が、何だか良い方向だぞ!

よしっ!
じゃあ、平安京の方にしようか!

となったかもしれません。

平城京が「人が住むのに安定している都市」なら「わざわざ移動した」のは理由があるはずです。

もし、平城京が「極めて住みやすい都市」であれば、「わざわざ移動しない」でしょう。

ならば、平城京が「住みにくい点があった」と考えられます。

その理由の一つは「都市の最も大事な水に問題があった」でしょう。

そもそも、710年の平城京から794年の平安京まで、高々84年しか経過していません。

歴史に詳しい方なら、この間に「784年遷都の幻の長岡京」があったのをご存知でしょう。

長岡京を考慮すると、710年の平城京から784年遷都まで「たった74年」です。

平城京には、「住むに適さない大問題」があったとしか考えられません。

この「平城京から平安京へ」の流れからも、答えはア:奈良時代の平城京です。

記述の模範解答例への考え方:飲料水と都市の地形

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平城京:1/1000模型(Wikipedia)

(2)の「(1)を選んだ理由を答えなさい」を考えてみましょう。

これは選択肢ではなく記述であり、問題として簡潔で、とても良いです。

上のように、「盆地で雨が少ない」ことと「川が少ない」ことを考慮すると、下記になります。

(2)の解答例A

盆地にあるため雨が少なく、付近に飲料水に適した川がなかったから

ここで、「飲料水に適した川」に関して、考えてみましょう。

上の平城京の模型を見てみると、平城京を南北に貫くように川が流れています。

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平安京:模型(平安京創生館、Wikipedia)

対して、平安京には「平安京を貫く川」は見当たりません。

ということは、
平城京は「川があって、飲料水にもなった」のでは?

そういう考え方もできそうです。

そもそも、上の復元模型は多分に予想・推測が含まれており、実際に川があったかは議論があります。

この時、問題の流れを考えると「飲料水は川よりも井戸」という考え方もできます。

この視点から考えると、「盆地と雨」を答えれば良さそうです。

(2)の解答例B

盆地にあるため、雨が少なかったから

解答欄の大きさにもよりますが、あっさり書いた場合、これもまた解答例の一つとして成り立ちます。

一方で、歴史がメインですが「社会の問題」なので、少し地理的要素を加えてみましょう。

(2)の解答例C(筆者が最も良いと考える)

盆地にあるため、海からの湿った雲が山で乾いてしまい(飲料水になる)雨が少なかったから

筆者は、解答例Cが最も良いと考えます。

問題集によっては、
A,B,Cなど答えが考えられるけど・・・

どれでも
満点になるの?

この「どれが満点?」は「採点者の考え次第」です。

そのため、採点者本人以外分からないのが実情でしょう。

それじゃ、どうやって
考えたら良いの?

試験当日「どういう答えを書くか」が最も重要な受験生。

記述においては「高い点数をもらえる解答」を求める気持ちになるのは当然です。

そこで、こういう問題を解いたときは、「しっかり理由を考えて、解答例をまねる」のが良いでしょう。

その上で、

これも解答例としては
良さそうだな・・・

と自己流で少しアレンジしても良いでしょう。

記述問題の得点力アップ

・しっかり理由を考えて、解答例をまねて書いてみる

・理由に自己流でアレンジして、解答例と少し異なる表現を考える

次回は下記リンクです。

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