日露戦争の流れ 2〜日露開戦へ・幕末から明治の日本・大日本帝国とロシア帝国・大国・巨人と新興国・明治天皇と伊藤博文・伊藤博文の本音と覚悟・奇兵隊の一兵卒へ〜|中学受験・高校受験・大学受験・社会

前回は「日露戦争の流れ 1〜20世紀初頭の日露間の緊張・三国干渉・ロシアのメッセージ・国力の違い・ウクライナ戦争〜」の話でした。

目次

幕末から明治の日本

左上からH.Parkes英国公使、Matthew Perry米提督、Townsend Harris駐日米大使、Leon Roches駐日フランス帝国公使(Wikipedia)

江戸時代末まで「極東の小さな国」だった日本。

「欧州中心」の欧米から見れば、

遠い東のChinaの向こうに、
それなりの文明を持つ国があるらしい・・・

ああ、知ってるよ。
Japanだろ?

ああ、東の向こうだから、
Far East(極東)だな。

Samuraiの
国らしいな・・・

そうそう。以前は、Great Britainの
連中が散歩していたら、いきなり斬りかかられたらしい・・・

生麦事件(Wikipedia)

おいおい、随分
野蛮な連中だな・・・

ちょっと危険すぎて、
付き合うのが大変そうだな・・・

まあな。
Japanの一公国がGreat Britainと戦争したらしい・・・

おいおい、ちっぽけな
Japanの一公国の分際で、あのGreat Britainと戦争か?

「一公国の分際」の一公国とは、薩摩のことです。

薩摩藩出身の幕末〜明治の威人(偉人)たち: 左上から時計回りに、西郷隆盛、大久保利通、大山巌、東郷平八郎(Wikipedia)

当然、Great Britainは圧勝で、
Japanのかなりの場所をぶん取ったんだろうな。

薩英戦争 歴史道vol.6(朝日新聞出版)

いや、それが、
あのGreat Britainの東洋艦隊が大苦戦で・・・

戦死者は、Great Britainの方が
多かったらしい・・・

おいおい、
未開のJapanの大砲・軍艦で・・・

あのGreat Britainと真っ向戦って、
戦争ではJapanが勝ったのか?

まあ、「引き分け」みたいな感じらしい。
ところが、その後Great Britainとは仲良いらしい・・・

なんだか、Chinaとは全然違う、
不気味な国だな。Japanは・・・

大日本帝国とロシア帝国:大国・巨人と新興国

ロシア皇帝ニコライ2世(Wikipedia)

長年にわたって、圧倒的人口・国力で「アジアの盟主」であり続けた中国。

対して、西欧社会における「Japan(日本)の存在」は非常に小さなものでした。

そして、西欧社会においては「ポッと出てきた」新興国Japan。

対して、今その大日本帝国が戦おうとしているロシアは、西欧社会における「巨人」でした。

現代も広大な領土を持つ強国であるロシアと中国。

アジアとヨーロッパにまたがるロシア帝国は、地政学的には両方に属する存在です。

一方で、文明としては、アジア的要素は少なく「明らかにヨーロッパ」でした。

そのヨーロッパ・欧州ですら恐れられている巨人・ロシア帝国。

その巨人に対して、「ポッと出」の急成長した新興国である大日本帝国が刃向かおうとしています。

項目大日本帝国ロシア帝国ロシア/大日本帝国
人口(万人)4,60012,0002.6
現役兵力(万人)1002002.0
歳入(億円)2.5208.0
火砲(門)6362,2603.6
艦船(トン)25803.2
石油産出量(万バレル)20044,500222
大日本帝国とロシア帝国の戦力比較(歴史群像シリーズ「日露戦争」学研、「二百三高地」東映、TRT World)

日本側から見れば、

やむを得ない・・・
これしかない・・・

でしたが、ヨーロッパ・欧州社会から見れば、

おいおい、JapanがRussiaと
戦争しそうだってよ。

本当か?
いや、それはJapanは・・・

Japanには悪いが、
無理ってもんだろう・・・

よりによって
Russiaとはな・・・

最近、Japanは急成長したが、
これで「終わり」なんじゃないか・・・

世界中で、大勢の方がこのように考えました。

そして、「このような考え=大日本帝国がロシアに敗北する」のは、ほとんど「既定路線」ですらありました。

明治天皇に呼び出された伊藤博文

明治天皇(国立国会図書館)

この中、明治天皇が日本政府の最大実力者である伊藤博文を呼び出しました。

明治天皇伊藤博文を呼び出した理由。

それは、日本政府の代表者として伊藤に「日露戦争の勝算」を確認するためでした。

明治天皇は、伊藤に聞きます。

あの強大なロシアと
戦って勝てるのか?

当時の大日本帝国の国家元首であった明治天皇。

現代の天皇よりもはるかに強い強権を有し、政治にも介入する権力を持っていました。

とは言っても、「日本的曖昧な空気」の中、対露戦争は元老たち・日本政府首脳で決定した状況でした。

天皇を頂点とする「御前会議」は何度も開催されたものの、

この件は、
これでやれ!

と「明治天皇が政府幹部に命令する」ほどではなかったのです。

そして、当時の大日本帝国で抜群の経歴・知名度・権力を有するのが伊藤博文でした。

大日本帝国と自己の歴史を振り返る伊藤

伊藤 博文(国立国会図書館)

日露開戦が決定したものの、伊藤は考えます。

日本は確かに強国となったが・・・
いくら児玉が優秀とはいえ、

ロシアには
到底勝ち目がない

幕末から急速な発展を遂げ、世界の強国の一つに躍り出た日本。

日本の躍進を引っ張ってきた一人として、伊藤は自分の人生を遠い目で振り返ります。

若い頃は長州の先輩である高杉晋作を追いかけ、一緒に奇兵隊を組織して徳川幕府と戦いました。

長州藩士 高杉 晋作(Wikipedia)

2年前に同盟を結んだばかりで、現在は対ロシアの強力な味方・同盟国である大英帝国。

その大英帝国の公使館焼き討ちを、高杉と一緒に敢行しました。

若き日の伊藤 俊輔(博文)(Wikipedia)

高杉さんと一緒に、
世界一の大英帝国に喧嘩を売った。

あんな無茶なこともやった。
あの頃は若かったなあ・・・

高杉死後、長州の総帥木戸孝允の元で新政府の様々な役をこなし、頭角を表しました。

木戸 孝允(国立国会図書館)

もちろん、岩倉使節団にも加わり、岩倉・大久保・木戸たちと共に西欧社会を見て回りました。

岩倉使節団:左から木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通(Wikipedia)

薩摩の巨頭大久保利通にも非常に目をかけられ、政府にとって欠かせない重要な役割を次々果たしてゆきます。

大久保 利通(国立国会図書館)

大久保さんと
仲良くやっていたら・・・

おい、伊藤!
お前は長州閥から薩摩閥に行ったのか!

木戸さんに
きつく怒られたっけ。

初代内閣総理大臣となり、近代日本を牽引してきた自負があります。

伊藤博文の本音

ひたむきに日本の国家のために尽くしてきた伊藤。

幕末「アジアの小さな国の一つ」に過ぎなかった日本が、40年足らずでアジア最強国家に急成長しました。

そして、世界有数の強国へと躍り出ました。

強国になったがために、強国ロシアと張り合うことになってしまったのです。

しかし、まさか・・・
あのロシアを敵に回すとは・・・

同盟国である大英帝国は別とし、
ロシア帝国と米国は絶対に敵に回してはならない。

伊藤の脳裏には、日本が敗北するイメージがはっきりと浮かび上がります。

戦争するには
相手が悪すぎる・・・

これまで様々な艱難辛苦を乗り越えてきたが、
今度こそ日本は破滅するかもしれぬ・・・

そんなことを考え、黙り込む伊藤。

明治天皇は、回答を促します。

どうなんだ。
伊藤よ。

児玉 源太郎(国立国会図書館)

はっと我に帰った伊藤博文。

そして、再び考え込む伊藤。

日本には、天才的才能を持つ
児玉がいるが・・・

児玉には、高杉さんや大村さんすら
持ってない「何か」がある・・・

だが、だがだ・・・
児玉の天才的能力を持ってしても・・・

ロシア相手では、
どうにもならん・・・

どうにも・・・

伊藤博文の覚悟:奇兵隊の一兵卒へ

ここまで考えた伊藤は、精神的苦痛のあまり、倒れそうになります。

むう・・・・・

だが、歴戦の戦士でもあった伊藤は、ここで立ち直って遠い目をします。

しかし、しかしだ・・・
どうするんだ・・・

ロシア兵たちが、
我が領土を蹂躙するかもしれぬ・・・

大勢の日本国民が
死ぬことになるだろう・・・

だが、やらねばならぬ、
のか・・・・・

呆然と立ち尽くす伊藤。

・・・・・

待ちくたびれてきた明治天皇。

伊藤に対して、明治天皇は重ねて、

おい、どうなんだ。
伊藤よ!

とにかく回答を促します。

ロシア皇帝とは違い「絶対的権力者」ではない明治天皇。

一方で、大日本帝国においては、「別格の存在」である最高権力者です。

その明治天皇に「回答を促された」伊藤。

本音を答えれば、
「大日本帝国は負けます」だが・・・

そんなこと、
天皇陛下に対して、言えるわけがない・・・

こうなったら、
俺も奇兵隊に戻ろう・・・

そして、意を決した伊藤は、悲壮感を持って明治天皇に応えます。

万が一にもロシア軍が
日本本土に上陸するようなことがあらば・・・

万一にも、そのようなことが
起きたならば・・・

・・・・・

伊藤は、奇兵隊の頃の伊藤俊輔に戻り、
一兵卒としてロシア軍と戦います。

この伊藤の体が
木っ端微塵になろうとも・・・

ロシア兵の
日本本土上陸を食い止めてみせます・・・

それが「伊藤の精一杯の答え」でした。

・・・・・

それほどロシアとの戦争は、伊藤にとっては「勝ち目の薄い」というより「勝ち目のない」戦争だったのです。

新教育紀行

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