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歴史の流れを知ろう〜日露開戦へ〜|歴史

前回は「歴史の流れを知ろう〜20世紀初頭の日露間の緊張〜」でした。

明治天皇伊藤博文を呼び出したのは、日本政府の代表者として伊藤に「日露戦争の勝算」を確認するためでした。

明治天皇は、伊藤に聞きます。

あの強大なロシアと戦って勝てるのか?

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明治天皇(Wikipedia)

日露開戦が決定したものの、伊藤は考えます。

日本は確かに強国となったが、いくら児玉が優秀とはいえ、
ロシアには到底勝ち目がない

幕末から急速な発展を遂げ、世界の強国の一つに躍り出た日本。

日本の躍進を引っ張ってきた一人として、伊藤は自分の人生を遠い目で振り返ります。

若い頃は長州の先輩である高杉晋作を追いかけ、一緒に奇兵隊を組織して徳川幕府と戦いました。

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高杉晋作(国立国会図書館)

2年前に同盟を結んだばかりで、対ロシアの強力な味方・同盟国である大英帝国の公使館焼き討ちを、高杉と一緒に敢行しました。

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若き日の伊藤俊輔(博文)(Wikipedia)

高杉さんと一緒に、世界一の大英帝国に喧嘩を売った。
あんな無茶なこともやった。
あの頃は若かったなあ

高杉死後、長州の総帥木戸孝允の元で新政府の様々な役をこなし、頭角を表しました。

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木戸孝允(Wikipedia)

薩摩の巨頭大久保利通にも非常に目をかけられ、政府にとって欠かせない重要な役割を次々果たしてゆきます。

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大久保利通(国立国会図書館)

大久保さんと仲良くやっていたら、
木戸さんに「お前は長州閥から薩摩閥に行ったのか!」と怒られたっけ。

初代内閣総理大臣となり、近代日本を牽引してきた自負があります。

ひたむきに日本の国家のために尽くしてきた伊藤。

幕末「アジアの小さな国の一つ」に過ぎなかった日本が、40年足らずでアジア最強国家に急成長し、世界有数の強国へと躍り出ました。

強国になったがために、強国ロシアと張り合うことになってしまったのです。

しかし、まさかあのロシアを敵に回すとは・・・

同盟国である大英帝国は別とし、
ロシア帝国と米国は絶対に敵に回してはならない。
戦争するには相手が悪すぎる・・・
これまで様々な艱難辛苦を乗り越えてきたが、
今度こそ日本は破滅するかもしれぬ

そんなことを考え、黙り込む伊藤。

明治天皇は、回答を促します。

どうなんだ。伊藤よ。

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伊藤博文(Wikipedia)

はっと我に帰った伊藤博文は、悲壮感を持って明治天皇に応えます。

万が一にもロシア軍が日本本土に上陸するようなことがあらば、
伊藤は奇兵隊の頃の伊藤俊輔に戻り、
一兵卒としてロシア軍と戦います。

それが精一杯の伊藤の答えでした。

それほどロシアとの戦争は、伊藤にとっては「勝ち目の薄い」戦争だったのです。

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