歴史の知識・記述対策〜徳川幕府から新政府へ 3(廃藩置県の実態)〜|中学受験

前回は「歴史の流れを知って、知識・記述問題対策しよう〜徳川幕府から新政府へ 2(版籍奉還の実態)〜」でした。

今回は「廃藩置県」の話です。

まずは1869年に版籍奉還を実行して「藩をなくす」ことには成功しました。

しかし、「旧藩主が知藩事に変わっただけ」という側面もありました。

大きな政治・経済的骨格は、徳川幕府時代と大して変わりませんでした。

大久保 利通(国立国会図書館)

これに対して「廃藩置県断行!」を強く主張したのは大久保利通です。

廃藩置県を断行せねば、
近代国家日本は生まれない!

徴兵制に対して強烈な反感を持っている士族が大勢います。

廃藩置県まで強行すれば、かれら士族が反乱を起こす藩が出てくるかもしれません。

鹿児島県=旧薩摩藩の事実上の藩主であった島津久光。

久光は、廃藩置県に猛反対していました。

島津国父 島津久光(斉彬の異母弟)(Wikipedia)

廃藩置県だと!

お前たちは、
我が薩摩藩を潰す気か!

大体、一蔵(大久保)よ。
お前は私の家臣だろうが!

勘違いするなよ!

薩摩などで反乱が起きたら、
大変だ。

反対者が多い中、岩倉と大久保は反乱勃発を危惧します。

西郷 隆盛(国立国会図書館)

維新最大の功績者であり「軍事の第一人者」であり「最強士族の薩摩士族のドン」である西郷隆盛

この時、よりによって西郷は薩摩に帰っていました。

それは、新政府にとって「最大の問題」であったのです。

なんとしても西郷には戻ってきて欲しい新政府。

岩倉 具視(Wikipedia)

西郷よ。
戻ってきてくれ。

嫌ごわす。

政府内では、突然華美な生活するものなどいて、
ほとほと嫌気がさした。

あの戊辰戦争は、
一体なんだったんだ。

たびたび上京を促す新政府に対し、西郷は拒絶します。

そこをなんとか。

嫌ごわす。

こうなったら、
最後の手段だ。

明治天皇(国立国会図書館)

困った岩倉と大久保は、最後の手段に出ます。

明治天皇にお願いして、岩倉具視を勅使として鹿児島に派遣し、西郷に上京し新政府への協力することを促します。

西郷よ。
いい加減に戻ってこい。

岩倉さんや、一蔵どんが何を言おうが、
聞くつもりはなか。

じゃっどん、明治天皇の要請を拒否することは
出来んごわす。

我らは、
明治天皇の家臣でごわすから。

これには流石に西郷も拒絶はできず、「自分の案を容れる」という条件付きで新政府に戻ります。

岩倉さん、一蔵どん。
おいどんの意見を容れるごわすな!

了解した。
西郷さんの言う通りにしよう。

というか、
西郷がいなければ何も始まらない。

仕方ない。
当面、西郷の言う通りにするしかない。

この時、大久保等と揉めて一時的に下野していた木戸孝允板垣退助も西郷の上京に応じて、新政府に戻ってきます。

木戸 孝允(国立国会図書館)

西郷は倒幕の時から嫌いだったが、あの子分だった大久保がなんだ?
増長しすぎじゃないか。

大体、倒幕は我ら長州の久坂・高杉らと
私たちが先鞭つけたのだ。

そして、久坂も高杉も
早くに亡くなってしまった・・・・・

長州藩士 高杉 晋作(Wikipedia)

これでは、私は高杉に
あの世で合わす顔がない・・・

薩摩は最初は、幕府側だっただろ?
なんで、大久保がデカイ顔してるんだ?

板垣 退助(Wikipedia)

そもそも、江戸城無血開城して、
「簡単に討幕できた」と勘違いしてないか?

西郷さん率いる薩摩藩士や
吾輩が率いた土佐藩士の血で、討幕できたのだ!

討幕ができた途端、
大久保が出しゃばってきおって。

私は私利私欲で、
新政府にいるのではない。

新しい日本国家をつくることができるのは、
私だけなのだ!

そして、「薩摩士族のボス」である西郷に廃藩置県の了解を取ります。

新たな時代のためには「廃藩置県は必要」と考えていた西郷も同意します。

廃藩置県に反対し、反乱起こすものあらば、
おいどんが責任取りもそ。

おいどんが
軍隊率いて鎮圧しもそ。

薩摩・長州・土佐から兵を集めて新たに「御親兵」を組織してます。

桐野 利秋 陸軍少佐(Wikipedia)

薩摩のものども。
御親兵という軍隊組織するから、集まりやんせ。

分っかりました!

西郷どんの命令ならば!
どこへでも出撃します!

旧薩摩藩は、西郷が一声かければ旧薩摩藩士がドッと押し寄せてきます。

「西郷のためなら命を投げだす!」という藩士が大勢いたのです。

旧長州藩は、総帥の木戸孝允が兵を集めます。

誇り高き長州藩士たちよ。
集まれ!

ははっ!

旧土佐藩は、軍事を握っていた板垣退助が協力しました。

土佐藩士よ。
集まれ!

ははっ!

「西郷+巨大な軍事力」で睨みを効かせた上で、新政府は廃藩置県に思い切って踏み切ったのです。

当時の日本における「最強の軍隊+最強の男=西郷隆盛」が組んだ体制でした。

「廃藩置県に反感を持っている」藩主等を黙らせるには十分でした。

反乱を起こしたところで、鎮圧されるのが目に見えているからです。

西郷を
敵に回しても・・・

勝てるはずがない・・・

また、新政府は用意周到に「藩の借金は新政府が肩代わりする」と各藩主に伝えました。

積もりに積もった借金の山に悩んでいた大勢の旧藩主。

肩の荷が降りるなら!

と廃藩に喜んで応じる旧藩主も大勢出てきました。

借金の山を抱えながらも怒り心頭の旧薩摩国父(事実上の藩主)島津久光。

借金帳消しなど、
どうでも良い!

おい、
一蔵(大久保)よ!

お前、
本気なのか!

もうどうにもなりません。

島津国父 島津久光(斉彬の異母弟)(Wikipedia)

怒りのやり場のない島津久光。

おのれ・・・・・

一晩中花火を打ち上げて、廃藩置県への怒りを晴らしたのでした。

だから、
私は西郷は大嫌いなのだ。

一蔵(大久保)のやつも、わしを裏切りおった。
私は薩摩の国主ぞ!

島津久光のこういう子供っぽいところが、西郷や大久保をずっと悩まし続けてきました。

おい、一蔵!

ならば、私を新しい、
その鹿児島県とやらの県令(知事)にせよ!

それはご勘弁を。
久光様には、極官である左大臣を用意してごわす。

左大臣だと!

で、私の薩摩は
一体誰が治めるんだ!

・・・・・

元々、久光とは非常に近い関係だったものの、クールな性格の大久保は久光との関係を割り切っていました。

性格的に、情に篤い西郷。

・・・・・

主人であった島津久光との関係に、これまでずっと、そして最後の最後まで悩み続けることになります。

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