仁科芳雄「残念ながら間違いなく原子爆弾」〜「強力爆弾」の正体と極大激震・ポツダム宣言「黙殺+戦争邁進」後の「二十四時間の間断ない波状攻撃」〜|ポツダム宣言から敗戦の真相14

前回は「鈴木首相「黙殺+戦争完遂邁進」発言の事実〜軍部が強力な異形の国家・厳しい言論統制下にあった戦前の日本メディア・情報局の指導と憲兵隊〜」の話でした。

目次

ポツダム宣言「黙殺+戦争邁進」後の「二十四時間の間断ない波状攻撃」

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「昭和動乱の真相」(安倍源基著、新教育紀行)

大日本帝国を終戦に導いた鈴木貫太郎内閣において、内務大臣だった安倍源基。

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安倍源基 内務大臣(Wikipedia)

安倍内相は、鈴木首相のポツダム宣言に対するコメントを、「昭和動乱の真相」で明確に記述しました。

昭和動乱の真相

鈴木首相は二十八日午後、
記者会見で次のように語った。

鈴木貫太郎

私は三国共同声明は、
カイロ会談の焼き直しだと思う。

鈴木貫太郎

政府としては何ら重大な価値
あるものとは思わない。

鈴木貫太郎

ただ黙殺する
だけである。

鈴木貫太郎

われわれは断固戦争完遂に
邁進するだけである。

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「大日本帝国最後の四か月」(迫水久常著、新教育紀行)

鈴木内閣で、内閣書記官長(内閣官房長官)だった迫水久常が著した「大日本帝国最後の四か月」。

「大日本帝国最後の四か月」には、鈴木首相のコメントに関する記載がなく、一気に原爆に飛びます。

この点は筆者は少々不思議に感じており、迫水が「敢えて触れなかった」と考えております。

そこで、筆者は迫水の様々な著作をあたり、迫水の「鈴木首相コメントに対する思い」を確認しました。

この件は、他の機会にご紹介します。

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「終戦の表情」(鈴木貫太郎、新教育紀行)

ポツダム宣言に対する鈴木首相の「黙殺+戦争邁進」後、

終戦の表情

宣言拒絶と共に米国側の連日の爆撃は
益々熾烈の度を加えて来・・・

終戦の表情

二十四時間の間断ない波状攻撃、
近海よりの艦砲射撃等により・・・

終戦の表情

我が方の戦力を根本的に覆滅せんとする
攻撃意図が見られ・・・

終戦の表情

沖縄の軍事基地化と同時に本土上陸の機を
狙う気配がひしひしと感じられた。

主として米英、ハッキリ言えば米国が「カンカンに怒っている」様子を鈴木首相は述べています。

「二十四時間の間断ない波状攻撃」は、攻撃する米軍も大変なことであり、絶望の崖っぷちに至った日本。

仁科芳雄「残念ながら間違いなく原子爆弾」:「強力爆弾」の正体と極大激震

新教育紀行
広島への原爆投下:1945年8月6日(Wikipedia)

そして、ついに「世界初の原爆」が、広島に投下されました。

大日本帝国最後の四か月

昭和二十年八月七日から
十四日に至る八日間は・・・

大日本帝国最後の四か月

日本が興亡の瀬戸際に立たされた
歴史的な期間である。

大日本帝国最後の四か月

閣議と最高戦争指導会議は、
ほとんど連日のように開かれた。

大日本帝国最後の四か月

昭和天皇をはじめ、政府当局者は、
軍部の抵抗を排しつつ、本当に身も心も砕いて・・・

大日本帝国最後の四か月

終戦への道を歩いたと
いっても良い。

ここで、迫水久常は、重大な指摘をしています。

政府当局者が「軍部の抵抗を排しつつ」は、普通の国家ならば「あり得ない事態」でした。

その一方で、「政府と軍部の対立」は、「ある範囲内」ならば理解可能です。

ここで、「昭和天皇をはじめ」と、「昭和天皇も軍部の抵抗を排しつつ」だったことを示した迫水。

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昭和天皇(Wikipedia)

当時、猛虎のように暴れ回っていた軍部は、大元帥である昭和天皇すら抑えられない存在でした。

もはや、軍部が日本の国家を運営していたかのような、異様な状況が続いていました。

大日本帝国最後の四か月

八月七日未明、
トルーマン米国大統領は・・・

大日本帝国最後の四か月

広島に強力な爆弾を
落とした、と発表した。

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トルーマン米大統領(Wikipedia)
トルーマン

Hiroshima(広島)に
強力な爆弾を落とした!

ここで重要な点は、トルーマン大統領が「原子爆弾」と言わず「強力な爆弾」と表現したことでした。

大日本帝国最後の四か月

私は広島の被害状況などから
考えて、確かにそうだろうと思った。

大日本帝国最後の四か月

しかし、七日の午後、関係閣僚会議の席で、
阿南惟幾陸相は、こう言った。

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阿南惟幾 陸軍大臣(Wikipedia)
阿南惟幾

日本の物理学者の常識として、
原子爆弾が完成するまでには・・・

阿南惟幾

あと数年かかると、
いわれているではないか。

阿南惟幾

今は大事な時
である。

阿南惟幾

我々はアメリカ側のデマ放送に
迷わされないようにしなければならない。

どうやら、当時、日本内部でも「原爆ではないか?」の声が上がっていたようです。

とにかく、信じられない「強力爆弾」の登場によって、極大激震した帝国政府・大本営。

大日本帝国最後の四か月

そこで、斯界の権威者たる仁科芳蔵(ママ)博士を
現地に派遣して調査さえせることにした。

迫水は「仁科芳蔵」と記載していますが、「仁科芳雄」の誤記と思われます。

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迫水久常 内閣書記官長(別冊歴史読本 日本帝国最期の日 新人物往来社)

当時、内閣の中枢にいて、多数の政府関係者と折衝する必要があった迫水書記官長。

そのため、一部の「人名の勘違い」はやむ得ない、と考えます。

大日本帝国最後の四か月

仁科博士は、途中飛行機の故障などのため
予定時刻を大幅に遅れて広島に着いた。

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科学者 仁科芳雄(Wikipedia)
大日本帝国最後の四か月

そして、
八日午後になって、

仁科芳雄

残念ながら、間違いなく
原子爆弾である。

大日本帝国最後の四か月

と報告して
来た。

実は、仁科博士率いる大日本帝国の「選りすぐり科学者軍団」もまた、原子爆弾開発を行っていました。

日本の原爆に関する話を、上記リンクでご紹介しています。

当時、ドイツが先んじる形で、米国、そして日本も原爆開発をしていました。

そして、米国は日本の「二桁違い」という信じられない開発費を原爆につぎ込み、早期完成にこじつけました。

 米国の「二桁違いの原爆開発費」に関する話を、上記リンクでご紹介しています。

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広島上空写真:原爆投下前(アメリカ国立公文書記録管理局 National Archives and Records Administration)
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広島上空写真:原爆投下直後(アメリカ国立公文書記録管理局 National Archives and Records Administration)

広島に落とされた、前代未聞の強力爆弾。

その強力爆弾の正体は、「常識では、当時完成するはずがなかった」原子爆弾でした。

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