後藤新平 18〜ドイツ留学〜|明治中期の日独

前回は「後藤新平 17〜かつての敵と〜」の話でした。

後藤 新平(Wikipedia)
目次

内務省へ

当時、野党とはいえ政界の超大物の治療に懸命に取り組み、成功した後藤青年。

ますます名声が上がります。

軍医 石黒 忠悳(Wikipedia)

そして、軍医 石黒 忠悳に認められます。

後藤よ。
内務省に来てくれないか。

内務省の官吏(官僚)となり、予防学などの確立に尽くす後藤。

人を治療することも
大事だが・・・

予防はもっと大事だ!

頑張るぞ!

張り切る後藤に、さらなる転機が訪れます。

結婚です。

安場 保和 愛知県令(Wikipedia)

娘を頼むぞ。

恩人とも言える安場保和の娘と結婚して、身を固めた後藤。

さらに頑張るぞ!

ドイツ留学

ドイツの医学は
我が国よりはるかに進んでいる。

ドイツに留学し、
学んでこい!

分かりました!

そしてドイツに向かいます。

医師・最近学者 Robert Koch(Wikipedia)

当時のドイツは、「近代細菌学の父」と呼ばれるロベルト・コッホなどがおり、医学のメッカでした。

後藤が留学している頃、ドイツ南部でアインシュタインが子どもでした。

これはすごい!

日本の医学は
一体なんなんだ・・・

あまりに日本とドイツの医学のレベルの違いに愕然とします。

頑張って吸収するぞ!

一生懸命学んだ後藤新平でした。

様々な出会い

当時、日本の優れた医師が沢山学んでいたドイツ。

ドイツ留学中に、後藤は様々な人物と出会います。

医師 北里 柴三郎(Wikipedia)

その一人に医師 北里柴三郎がいました。

東京医学校(東京大学医学部)を出て、「近代日本医学の父」と言われる北里柴三郎。

北里もまた、後藤とおなじ内務省衛生局に勤めていました。

北里さん!

後藤さん!

ウマがあった二人は、親しく交際します。

北里さんは、素晴らしい!

第一回生理学・医学賞の最終15名にノミネートされたほど、Kitazatoの名前は知られる存在でした。

そして、この後に後藤が大変な苦難の道を進むことになりますが、その間も二人の友情は続きます。

ドイツで一生懸命学んだ後藤。

日本と全然違う・・・

ドイツが、
こんなにも進んでいるとは・・・

ショックを受けた後藤。

帰国して、

いよいよ日本で
頑張るぞ!

長与 専斎衛生局長(Wikipedia)

ああ、後藤よ。

私の後任に
衛生局長になって欲しい。

任せて下さい!

順風満帆すぎるほどの後藤の人生。

これから、さらに上昇してゆくしかなかったのですが、思いがけない事件に巻き込まれます。

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