前回は「試験中に「一呼吸して精神統一」〜深呼吸ではなく「一呼吸」・「冷静さ」が最重要な入試・「克己の工夫は、一呼吸の間にあり」〜」の話でした。
「圧倒的であったロシア」との大戦争:「第0次世界大戦」の大衝撃

今回は、日露戦争の歴史の学びをしながら、入試に自信を持って臨む話です。
1904年から1905年の日露戦争では、当時「大日本帝国」という名前だった日本とロシアが戦争しました。
その後、1922年にロシアは国家が解体し、ソビエト連邦が樹立されました。
1922年の「ロシア解体」には、日露戦争の結果が重大な影響をもたらしました。
そして、1991年にソ連解体後、再びロシアになりました。
| 項目 | 大日本帝国 | ロシア帝国 | ロシア帝国/大日本帝国 |
| 人口(万人) | 4,600 | 12,000 | 2.6 |
| 現役兵力(万人) | 100 | 200 | 2.0 |
| 歳入(億円)(GDP) | 2.5 | 20 | 8.0 |
| 火砲(門) | 636 | 2,260 | 3.6 |
| 艦船(トン) | 25 | 80 | 3.2 |
| 石油産出量(万バレル) | 200 | 44,500 | 222 |
日露の国力・戦力の比較表が、上の表です。
主要指標で、全て2倍以上であり、石油産出量に至っては「200倍以上の圧倒的違い」があった日露。
日露の国力・戦力の比較を考えると、「日本が勝てるはずのない相手」だったのがロシアでした。
日露戦争とウクライナ戦争に関する話を、上記リンクでご紹介しています。
陸で辛勝を続け、ジリジリと進みながらも、力尽きようとしていた大日本帝国。
大日本帝国やや勝ってきているが、
キツイ・・・



まだ、ロシアは後方に
多数の軍隊がいる・・・



厳しい・・・
このままでは・・・
当時、世界中が「固唾を呑んで」見守っていた日露戦争。
それまでの戦争とは「全く違う大戦争」ぶりに対し、「第0次世界大戦」とも呼ばれます。



しかも、満を持して
世界最強のバルチック艦隊が・・・



我が日本に
向かっている・・・



バルチック艦隊が、
Japanなど撃破してくれるわ!
こうして「最終決戦」が、日本近海で行われようとしていました。
「気持ち晴朗なれども合格近し」の精神:大戦略家+名文家・秋山真之





いよいよバルチック艦隊との
決戦か・・・
当時、帝国海軍最高の頭脳と呼ばれた秋山真之 第一艦隊先任参謀。
「先任参謀」の「先任」とは、「先んじる」意味で、後に「首席参謀」と呼ばれました。
第一艦隊には、加藤友三郎参謀長がいましたが、参謀長は「全体のまとめ役」でした。
実際の戦争指揮は、秋山ら若手が担っていました。
一度は、東大教養学部(一高)に入学したものの、海軍兵学校を受験・合格した秋山。
幼い頃から極めて優秀だった秋山真之は、海兵を首席卒業しました。


当時の日本海海戦に関する報道が、上の「北海タイムス号外:明治38年(1905年)5月30日」です。



二十七日、敵艦見ゆとの
警報に接し・・・



連合艦隊は直ちに出動
之を撃滅せんとす・・・
世界中が注目していた「世紀の大決戦」に向かうに当たり、東郷長官は高々と叫びました。
通常の「出動前の電報」は、これで十分であり、これ以上は不要です。
この「バルチック艦隊撃滅」の精神を表現した文章に対し、



もう一文
加えたいな・・・
このように、多忙を極める中、ほんのわずかの時間考えた秋山。



今日の状況は、
我が連合艦隊にとって、どうか・・・



天気が良く、波が高いが、
これは良いな・・・



・・・・・



本日天候晴朗なれども
波高し・・・
こうして、「世紀の名文」が登場しました。
この「ほんの僅かの文章」に「連合艦隊勝利の極めて高い可能性」が示唆されていたのでした。
入試当日の天候は、良いかも知れませんし、良くないかも知れません。
そこで、



本日気持ち晴朗なれども
合格近し!



今日は気持ちが
晴朗で、合格に向かおう!
天候がどのような状況であろうと、「気持ち晴朗」にして、入試の試験場に向かいましょう。



今日はいい気分で、
気持ち朗らかに!



今日は、とても良い
気持ちで、合格するぞ!
このように、晴朗な、明瞭な、静謐な気持ちが、入試という大舞台では最も大事です。


