明治維新から日露戦争までの「36年」〜歴史の出来事と時間を考える・「さかみ」と書いた戦艦「みかさ」・不思議な戦前の「右から左」日本語表記〜|記念館・戦艦三笠2

前回は「記念館・戦艦三笠訪問と歴史のリアルな学び〜「王政復古+明治維新」で新時代・日露戦争睨んで大英帝国に発注と建造・三国干渉とロシアとの決戦〜」の話でした。

目次

「さかみ」と書いた戦艦「みかさ」:不思議な戦前の「右から左」日本語表記

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記念艦・戦艦三笠(新教育紀行)

今年、小学生の子どもと一緒に記念艦・戦艦三笠を訪問しました。

近くには、横須賀米軍基地があり、時々、

ニュース

横須賀の米軍基地に
原子力空母「ジョージ・ワシントン」が入港しました。

このように、原子力空母「ジョージ・ワシントン」の入港が話題になることがあります。

記念艦・戦艦三笠の近くでは、「横須賀軍港クルーズ」もあり、この話は別の機会にご紹介します。

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記念艦・戦艦三笠(新教育紀行)

こういう施設を訪問すると、すぐに内部に入って行きたくなりますが、周囲を見渡してみましょう。

記念艦となっている戦艦三笠は、現在は「海上」ではなく「陸上」に設置されています。

女子小学生

「さかみ」って
書いてあるけど・・・

女子小学生

あっ、そうか!
昔は、右と左を逆に書いていたんだね!

戦前まで、日本語は「横に書くとき」は、現代の「左から右」ではなく「右から左」でした。

一部の書籍等では、現代同様に「左から右」もありますが、多くは「右から左」でした。

この「右から左」であった日本語表記の理由は、筆者は知りません。

ほとんどの日本語の書籍は、かつては「上から下」が中心でした。

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五箇条の御誓文(Wikipedia)

例えば、「五箇条の御誓文」は、上の写真の通り、「上から下」の表記です。

五箇条の御誓文に関する話を、上記リンクでご紹介しています。

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阿蘭陀本草和解(国立公文書館)

江戸時代の書籍も多数残っていますが、上の「阿蘭陀本草和解」なども「上から下」です。

徳川吉宗と「阿蘭陀本草和解」に関する話を、上記リンクでご紹介しています。

このように「上から下」が基本だった日本語で、いつから「右から左」が登場したのか?

この点に関しては、筆者は確たる文献や根拠を知りません。

欧米の言葉、特に初期は「南蛮」と呼んでいたスペインやポルトガルの書籍は、戦国末期に入りました。

そして、江戸時代には、「蘭学」と呼ばれたオランダの書籍を学ぶ日本人が多数いました。

すると、少なくとも江戸期には、オランダ語や欧米の言語と同様に「左から右」になるべきでした。

どうにも読みにくい「右から左」を読みこなした昔の日本人は、器用だったのかもしれません。

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ダグラス・マッカーサーGHQ最高司令官(Wikipedia)
マッカーサー

このマッカーサーが
Japanという国を根本から作りかえるのだ!

第二次世界大戦後、日本は一時期米国の占領下に置かれました。

その際、大日本帝国は解体され、日本という国家に生まれ変わるにあたり、GHQは様々な大改革を行いました。

マッカーサー

Japanの教育は、軍国教育に
基づいているから、ほぼ全部NG!

特に、「民主主義の本家本元」を謳う米国によって、教育は特大改革を迫られました。

ひょっとしたら、このGHQ改革の中で、

マッカーサー(架空)

なぜ、「右から左」に文字を
読む?

マッカーサー(架空)

我が英語と同じく、
全て「左から右」に決定!

日本語の横書きは「左から右」に変更させられた、のかもしれません。

明治維新から日露戦争までの「36年」:歴史の出来事と時間を考える

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それでは、記念艦・戦艦三笠の内部に入ってゆきましょう。

まずは、タラップを登ると大きな砲台などがある戦艦の甲板に上がれます。

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戦艦三笠と東郷平八郎連合艦隊司令長官(Wikipedia)

日露戦争当時は、世界最強ランクだったこの巨大な大砲で、バルチック艦隊を撃破しました。

戦艦三笠

ドカンッ!
ドカンッ!

この大砲は、口径30cm(30.5cm説もあり)です。

大砲のサイズは、銃身の内径とする風習があります。

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戦艦三笠(Wikipedia)

上の写真は、ありし頃の戦艦三笠(1905年頃)です。

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記念艦・戦艦三笠(新教育紀行)

そして、上の写真が、現代の記念艦・戦艦三笠です。

写真を見比べると、実にきちんと、丁寧に当時の姿のまま保存されていることが分かります。

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明治維新の立役者たち:左上から時計回りに西郷隆盛、大久保利通、岩倉具視、木戸孝允(国立国会図書館)

徳川幕府の時代から「明治」となった1868年。

明治となって36年後の1904年、当時「大日本帝国の遥か目上」の存在だったロシア帝国と戦争しました。

歴史を学んでいると、年や時代、関係する人物を学び「相互の時間の間隔」を考えない傾向があります。

ここで、ぜひ、「何かの出来事と何かの出来事の間の時間」を考えてみましょう。

この視点で様々な歴史を考えるとき、「明治維新から日露戦争の36年」は大事な視点です。

読者の皆さんが、小学生〜高校生なら、「36年」という時間は分かりにくいかもしれません。

男子高校生

36年って、
結構長いね。

女子高校生

36年後って、
私、50代?

小学生〜高校生の方は、理解しにくいかもしれませんが、40代以降になると「36年」が実感できます。

こうした「実感」は、「頭が良い」か「頭が良くない」とは無関係の「人間の感覚」です。

いずれにしても、「大して長くない36年」で、「後進国から、世界最強国と戦争」するに至った大日本帝国。

記念艦・戦艦三笠を訪問すると、当時の大日本帝国の国家、様々な人々の思いが感じられます。

「世界最強国を目指そうと、一生懸命前を向き、走り続けた」大日本帝国の皆さんの思い、が。

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左上から時計回りに東郷平八郎 連合艦隊司令長官、大山巌 満洲軍総司令官、児玉源太郎 満洲軍総参謀長、秋山真之 第一艦隊先任参謀(Wikipedia)

ぜひ、関東近郊の方は、夏休みに記念艦・戦艦三笠を訪問してみましょう。

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