前回は「ポツダム宣言に込めた連合軍の意図〜トルーマン大統領主導の文面・「統率の外道」神風特別攻撃隊の真相・大西一航艦長官の権限と虚像〜」の話でした。
トルーマン大統領主導のポツダム宣言:米国の「前人未到の切り札」

前回は、「ポツダム宣言に対する印象」に関して、「軍部への姿勢」を軸に考えました。
塾講師連合軍は、
日本に無条件降伏を勧告し・・・



日本は
無条件降伏した・・・
歴史の教科書・参考書において「日本・日本政府が無条件降伏」と記載されることが多い1945年の降伏。
様々な意見がありますが、筆者は「日本・日本政府は無条件降伏はしていない」と考えます。
無条件降伏を要求されたのは、「全日本軍隊と軍部」でした。
A.日本国に対する降伏勧告というよりも、日本軍・軍部に対する挑戦状の色彩が極めて強いこと。
B.全日本軍・軍部に対して、「完全な壊滅」と恫喝しており、全日本軍を圧迫する脅迫状のような文面であること。
C.日本の軍国主義に対する怒りを露わにし、「最後の一撃を与える」と極めて高圧的な姿勢であり、全日本軍を強く敵視し、排除する意思が濃厚であること。
連合軍が1945年7月26日に発したポツダム宣言は、極めて苛烈な文言が綴られていました。



全日本軍よ!
早く無条件降伏しろ!
| 国家 | 国家元首 | 就任年・月 |
| 米国 | ルーズベルト 大統領 | 1933年3月 |
| トルーマン 大統領 | 1945年4月 | |
| 大英帝国 | チャーチル 首相 | 1940年5月 |
| アトリー 首相 | 1945年7月 | |
| 大日本帝国 | 東條英機 首相 | 1941年10月 |
| 小磯國昭 首相 | 1944年7月 | |
| 鈴木貫太郎 首相 | 1945年4月 |
上の表は、米英日の指導者の就任年です。
実は、1945年は、「米英日全ての指導者が交代した」年でした。
奇しくも、日米は同じ1945年4月に指導者が交代となりました。
もはや、大勢が完全に決し、ポツダム宣言三ヶ月前にルーズベルト大統領は、突然死去しました。
トルーマン大統領は、ルーズベルト大統領が1945年4月に急死した直後に大統領に昇格しました。
トルーマンは、ルーズベルト政権で副大統領を務めていた人物でした。
いわば、ポツダム宣言の時は「まだ米大統領3ヶ月」だったのがトルーマン大統領でした。
「ルーズベルト路線を継承する」ことが世界中から期待されていたトルーマン大統領。


ルーズベルト大統領は、現代の米国においても圧倒的人気を誇っています。
異例の「4選(現代では禁止)」を果たし、12年あまりもの超長期間、米大統領を務めました。
そして、このポツダム宣言の頃、米国は「前人未到の切り札」を持っていました。
それは、米国が世界初で完成させた原爆でした。



原爆の開発に
成功したが・・・



Japanに
落とすのか、どうか・・・



Japanが、ここで当方の条件を
全て呑んで降伏すればよし・・・



だが、
さもなければ・・・
ポツダム宣言に明記された「10の条件」:軍部厳罰+除去と占領と日本の未来


ポツダム宣言は、ヤルタ会談の結果を元に、米国主導で作成されました。
ヤルタ会談は1945年2月に行われた、米英ソの「戦後の取り決め会談」でした。
そして、この「ヤルタ会談」こそは、ルーズベルト大統領の「寿命を縮めた」と言われています。
ヤルタ会談に関する話を、上記リンクでご紹介しています。
宣言
合衆国、中国および連合王国の政府首脳による宣言
一 我々、合衆国大統領と中華民国国民政府主席およびグレートブリテン首相は、我々の数億の国民を代表して協議を行い、日本にこの戦争を終結する機会を与えることで意見が一致した。
二 合衆国と大英帝国および中国の巨大な陸海空軍は、西方から自国の陸空軍による数倍の増強を受け、日本に対して最後の一撃を与える態勢を整えた。この軍事力は、日本が抵抗を停止するまで、対日戦争を遂行する全ての連合国の決意により支持され、また鼓舞されるものである。
三 覚醒した世界の自由な人々の力に対するドイツによる無益かつ無意味な抵抗の結果は、日本国民に対する極めて明白な先例である。現在、日本に対し集結しつつある力は、ナチスの抵抗に対し適用され、必然的に全ドイツ国民の土地、産業および生活様式に荒廃をもたらしたそれとは比較できないほど強大である。我々の軍事力は我々の決意のもとで最大限に行使され、それは日本国軍隊の不可避かつ完全な壊滅と、同じく不可避的な日本国本土の完全な荒廃を意味することになる。
四 愚かな打算により日本帝国を消滅の寸前まで陥れた身勝手で軍国主義的な助言者らに支配され続けるのか、それとも理性による道を歩むのかを、日本が決定すべき時が来たのである。
五 我々の条件は次のとおりである。我々は、これらの条件を逸脱することはない。これらに代わる条件は存在しない。我々は、遅延を許容しない。
六 日本国民を騙して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者たちの権力および勢力は、永久に除去されなければならない。無責任な軍国主義が世界より駆逐されるのでなければ、平和と安全および正義の新秩序が生じ得ないことを、我々は主張するからである。
七 そのような新秩序が建設され、かつ日本の戦争遂行能力が破壊されたことについて確証を持つことができるまでは、連合国が指定する日本国領域内の諸地点は、占領されなければならない。我々がここで述べる基本的な目的の達成を確実とするためである。
八 カイロ宣言の条項は履行されなければならず、また、日本の主権は本州、北海道、九州および四国、ならびに我々の決定する諸小島に限定されなければならない。
九 日本国軍隊は、武装を完全に解除された後、各自の家庭に復帰して平和的かつ生産的な生活を営む機会を与えられなければならない。
十 我々は日本人を民族として奴隷化したり、国民として滅亡させる意図を有さないが、我々の捕虜に対して虐待を行った者を含む一切の戦争犯罪人には、厳格な処罰が下されなければならない。日本政府は、日本国民の間における民主主義指向の再生および強化に対する一切の障害を除去しなければならない。言論、宗教および思想の自由、ならびに基本的人権の尊重は確立されなければならない。
十一 日本は、自国の経済を支え、正当な現物賠償の強制取立てを可能とするような産業の維持を許される。ただし、戦争のための再軍備を行うことを可能とするような産業の維持は許されない。この目的のため、原材料の統制とは異なる形で、原材料の入手を許されるものとする。日本は、将来的には世界貿易関係への参加を許されるものとする。
十二 これらの目的が達成され、日本国民の自由意思に基づき、平和指向かつ責任ある政府が樹立された場合は、連合国の占領軍は、直ちに日本から撤収するものとする。
十三 我々は、日本政府に対して、直ちに全日本軍隊の無条件降伏を宣言することを要求し、その行動における同政府の誠意について、適切かつ充分な保証を提供するよう要求する。日本にとって他の選択肢は、迅速かつ完全な破壊のみである。
ポツダムにて、1945年7月26日
ハリー・トルーマン
ウィンストン・チャーチル
中華民国政府主席
今回は、ポツダム宣言の「連合国(実態は米国)の条件」(黄色ライン)を考えてみましょう。
英語は、日本語より明快・明確であることが、よく言われます。
この宣言文の英語原文、日本語訳を読んでも、実に明確であることが分かります。
1.日本国民を騙して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者たちの権力および勢力は、永久に除去
2.連合国が指定する日本国領域内の諸地点は占領
3.日本の主権は本州、北海道、九州および四国、ならびに我々の決定する諸小島に限定
4.日本国軍隊は、武装を完全に解除された後、各自の家庭に復帰して平和的かつ生産的な生活を営む
5.一切の戦争犯罪人には、厳格な処罰
6.民主主義指向の再生および強化に対する一切の障害を除去
7.言論、宗教および思想の自由、ならびに基本的人権の尊重
8.自国の経済を支え、正当な現物賠償の強制取立てを可能とするような産業の維持
9.将来的には世界貿易関係への参加
10.平和指向かつ責任ある政府が樹立された場合は、連合国の占領軍は、直ちに日本から撤収
上の「10ヶ条」が、連合国による「大日本帝国の降伏条件」でした。
このように、ポツダム宣言は明確な「有条件降伏」でした。
「無条件降伏」は、全日本軍隊に対して要求(青色ライン)でした。
そして、ポツダム宣言に基づく降伏は、「日本・日本政府の無条件降伏」ではなかったのが真実です。


