御三家の話 4|中学受験

前回は「御三家の話 3|中学受験」の話でした。

宮澤喜一氏が首相となり、沸いた武蔵中・高。

御三家で、最初だ!

僕自身は、宮沢氏に強いリーダーシップを感じなかったこともあり、それほど強い思い入れはありませんでした。

歴史が好きだった僕。

当時、織田信長などの戦国時代にのめり込んでいたため、「強いリーダー」に夢を持っていたのです。

織田 信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

それでも、やはり自校から国家元首が出ることは、非常に嬉しいことでした。

先輩が首相だ!

大学の同窓生の方が、なんらかの偉業を成し遂げた時なども嬉しいものです。

しかし、大学は人数が多すぎ、「独自カラー」は薄いと考えます。

人数が少なく、思春期に大きな影響を受ける「独自カラー」集団の中高の同窓生。

その中高の同窓生が、なんらかの業績を出すこと。

それは、誰しも誇りに思い、嬉しいのではないでしょうか。

物理学者 中村 修二(2015年度ノーベル賞受賞者)(Wikipedia)

中村修二氏のように、ノーベル賞あるいは同等の著名な賞を受けるような発見をした方も、大変誇りに思うでしょう。

中村氏のような「世界的発見をする方」と、「国家元首たる総理」のどちらに重きを置くかは、その方次第です。

個人的には「世界的発見をする方」も非常に好きですが、国家元首もまた、なかなかなれるものではありません。

第78代総理大臣 宮澤 喜一(Wikipedia)

ハト派の名前通り、なんとなく優しそうな宮沢氏は、傲岸な性格を持つ面もあったようです。

それもまた、国家元首として必要な素質なのかもしれません。

日本のバブル経済崩壊などによる国内の混乱は、政界にも及びました。

そして、宮沢内閣によって、55年体制の幕が閉じられます。

自民党が分裂し、総選挙で敗れて一時下野し、3年後に再び政権を握りました。

第82・83代総理大臣 橋本 龍太郎(Wikipedia)

そして、総理大臣となったのは、麻布中・高卒の橋本龍太郎氏でした。

いよいよ、
麻布も総理を出したな。

当時は、こんなふうに

武蔵に続いて、
麻布から総理。

という話も出たものです。

御三家でただ一つ、「まだ総理を出していない」学校がありました。

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