西郷隆盛 2〜郷中教育が生み出したもの〜|幕末維新

前回は「西郷隆盛 1〜個性と精神育んだ郷中教育〜」の話でした。

西郷 隆盛(国立国会図書館)

今回は、郷中教育と先輩・後輩の話です。

目次

各藩と教育

徳川幕府が支配していたとは言え、各藩に強力な自治権が与えられていた幕藩体制の江戸時代。

現代と大きく異なり、日本は「各藩が別の国」のような状況だったのです。

各藩がそれぞれのカラーを持って、運営していた江戸時代。

教育のために、各藩は藩校(藩が設立・運営する学校)を整備していました。

そして、藩校を補佐する形式で、独自の教育組織や寺子屋がありました。

独自の教育組織で、最も有名なのは、吉田松陰が教えた「松下村塾」です。

吉田 松陰(Wikipedia)

西郷隆盛がいた薩摩藩は、藩校・造士館を江戸後期に設立しますが、研究所的性格を持った組織でした。

藩校の設立は、他の藩より少し遅れていたのです。

薩摩には、伝統的な郷中教育があり、6歳〜20歳までの教育機関が確立していたことが、大きな理由です。

郷中教育と子どもたち

二才・稚児に別れ、年齢が異なる子どもたちが皆一緒に、お互い切磋琢磨した郷中教育。

郷中教育

二才(にせ):元服(14~15歳)から20歳頃

稚児(ちご):6~8歳頃から元服まで(14歳頃)

郷中教育と藩校・寺子屋の大きな違いは、「先生がいない」ことです。

先輩が後輩を指導して、教えていたのです。

「先輩が先生」のようなもので、「先輩と後輩」には非常に厳格な上下関係がありました。

この意味では、「先生と生徒」と「先輩と後輩」の上下関係は似ている面がありますが、異なる面も多いでしょう。

西郷隆盛と大久保利通は、同じ郷中で小さな頃から、ずっと一緒だったのです。

大久保 利通(国立国会図書館)

6歳くらいから20歳くらいまで、ずっと一緒で家も近いため、共に貧しいながら、食事も共にすることもあった二人。

大人になった頃には、お互い「何を考えているのか」が「手に取るように分かる」仲だったでしょう。

先輩と後輩

「先輩が先生」にような関係だった、郷中教育。

先輩が、後輩を指導します。

西郷隆盛は、大久保利通よりも3歳上なので、西郷が大久保を教えたのでしょう。

幕末志士らの年齢(歴史道Vol.6 朝日新聞出版)

3歳の違いは、「小学校3年生と小学校6年生」や「中学校1年生と高校1年生」の違いです。

これは、非常に大きな違いです。

幕末、同志のように描かれる西郷と大久保。

同志ですが、「先輩・後輩の上下関係」があったことは、大事なことです。

郷中教育において、先輩は後輩を教える過程で、自分の学びも進んだでしょう。

その意味では、郷中教育は、様々な理想的ポイントがあります。

「人に教える」まで行かなくても、「説明出来るか」は大事なポイントです。

ぜひ、学ぶ際は「この内容を、自分が説明するなら、どのように説明するか」を考えてみましょう。

「公式を考える・理解する」や「公式を説明する」ことも考えてみましょう。

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