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後藤新平 7〜盟主へ〜|威人紀行

前回は「後藤新平 6〜平和から戦争へ〜」の話でした。

後藤 新平(Wikipedia)
目次

奥羽列藩同盟盟主へ

すでに南の薩摩藩・西の長州藩が京都を押さえて、官軍は、どんどん関東地方へ向かってきました。

どんどん官軍に従う中、奥州が空白地となります。

そして、幕末のうねりの中に、仙台藩は引き摺り込まれてゆきます。

会津藩が、強烈な個性を放っていた奥州の地。

新政府軍、
何するものぞ!

と大同団結します。

そして、

みんなで新政府軍と戦おう!

同盟が結ばれ、奥羽列藩同盟が成立します。

そして、盟主となったのは、会津藩・・・と思いきや、仙台藩だったのです。

仙台・伊達藩に盟主になってもらおう!

そうだ!
伊達しかいない!

これは、伊達政宗以来の知名度・パワーを見込まれて、周囲から懇願されたのでしょう。

伊達 政宗(Wikipedia)

そして、仙台藩は官軍と戦い、頑強に抵抗します。

奥州各地で官軍と戦い、善戦するも、官軍の持つ近代兵器に悩まされます。

奥羽列藩同盟の連帯感

それまで、それほど親しい間柄ではなかった奥羽の諸藩。

「新政府軍」という「共通の敵」ができたことで、一気に連帯します。

奥羽列藩同盟:設立時(歴史道vpl.15 朝日新聞出版)

東北・越後の31藩が一気に同盟を結ぶという画期的同盟だった、奥羽列藩同盟。

上の図で右側を見ると、「東北地方が一つの国」になったかのようです。

戦争は嫌だが・・・

みんなで一緒に戦うのだ!

官軍と賊軍

みんな一緒だ!

と意気揚々と大同団結した奥羽列藩同盟。

しかし、新政府軍は非常に強力なだけではなく、「奥の手」を持っていました。

それは、「賊軍への指定」です。

鳥羽・伏見の戦い

そもそも、薩長軍5,000人に対して、幕府軍15,000人で戦った「鳥羽・伏見の戦い」で幕軍が敗北した理由。

それは、「錦の御旗」の絶大な効果でした。

当時、最新鋭兵器を英国から購入していた薩摩。

英国公使 H.Parkes(Wikipedia)

対する「旧式兵器で戦っていた」と言われる幕府軍は、主にフランスから最新兵器を購入していました。

幕府軍の武器は、薩長にそれほど劣った武器ではなかったのです。

岩倉 具視(Wikipedia)

そこで、岩倉具視らが中心となり「誰も見たこともない」という「錦の御旗」を偽造して「官軍」となったのです。

この頃は、朝廷の立場が未確定でした。

この頃は、朝廷が、はっきりと新政府側につきました。

そして、奥羽列藩同盟を「賊軍(朝敵)」と指定したのです。

これは痛恨の一撃でした。

当時の武士にとって、賊軍・朝敵となることは「死よりも辛い」ほどの「最悪の汚名」だったのです。

名藩の仙台藩が、賊軍・・・

我らは、天朝の朝敵なのか・・・

小学校4年生頃の後藤にとっても、それは「痛恨の一撃」だったのでした。

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