アインシュタイン 2〜小さな頃〜|成績

前回は「アインシュタイン 1〜世界に与えた影響〜」の話でした。

科学者 Albert Einstein(Wikipedia)
目次

生まれた頃の世界

1879年、ドイツ南部の都市ウルムで生まれたアインシュタイン。

同年に、ファーブルが最初の昆虫記を発表し始めます。

博物学者 Jean Henri Fabre(Wikipedia)

この頃のドイツは、「鉄の宰相」と呼ばれたビスマルクが率いていました。

ドイツ宰相Otto von Bismarck(Wikipedia)

ビスマルクの元で、周辺の国々の植民地化を進める「帝国主義」が進められます。

ビスマルクの考え方に傾倒したのが、大久保利通です。

大久保 利通(国立国会図書館)

ビスマルクの考えは、
素晴らしい!

帝国主義は軍国主義とも似た傾向があり、軍事が非常に重視され始めた頃です。

あまり話せない子ども

のちに天才科学者となったアインシュタイン。

小さな頃は、むしろ少し劣る感じすらありました。

なんと、5歳頃まで「あまり言葉を話せなかった」のです。

言葉を話すのは、
苦手だったかも。

アインシュタインの両親は、とても心配します。

あ〜。
う〜。

うちの子、
大丈夫かしら。

母親・パウリーネは心配し、病院で診察を受けたり、色々と手を尽くします。

でも、なかなか良くなりません。

困ったわ・・・

親が大変心配する中、5歳頃からアインシュタインは、急に話せるようになります。

良かったわ!

後年、「考えることが大好き」なアインシュタイン。

幼き頃から「慎重に周囲の状況を考えていた」という説もあります。

ただし、これは「後付け」であり、小さい頃は「少し出遅れ気味だった」のが事実でしょう。

泣き虫

両親が心配したことが、もう一つありました。

それは、アインシュタインが、すぐに泣くことでした。

ビスマルク率いるドイツでは、軍人が尊重され、軍人たちは闊歩していました。

アインシュタインは、軍人を見かけると

怖い・・・

と泣いてしまいます。

すぐに泣きすぎだわ。

弱虫なのかしら・・・

母・パウリーネの心配は、尽きません。

この頃、電気工場を営んでいた父・ヘルマンが、アインシュタインにあるものを渡します。

コンパス(Wikipedia)

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