前回は「相対性理論のアルバート・アインシュタインの肖像〜異常に有名な天才物理学者・歴史に影響を与えた100人の一人:世界に与えた巨大な影響・大天才の若き日々・小さな頃の能力と成績〜」の話でした。
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生まれた頃の世界とドイツ:鉄の宰相ビスマルクとファーブル昆虫記
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1879年、ドイツ南部の都市ウルムで生まれたアインシュタイン。
同年に、ファーブルが最初の昆虫記を発表し始めます。
小学生から中学生の方の多くが知っている「ファーブル昆虫記」です。
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この頃のドイツ(プロシア)は、「鉄の宰相」と呼ばれたビスマルクが率いていました。
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わがプロイセン王国(ドイツ)を
統一するのだ!
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私の方針に反対するものは
厳しく取り締まる!
ビスマルクの元で、周辺の国々の植民地化を進める「帝国主義」が進められます。
強面で怖そうなビスマルクは、当時、帝国主義の欧米列強でも異色の存在でした。
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![新教育紀行](https://i0.wp.com/www.e-voyage.net/wp-content/uploads/Benjamin_Disraeli01ms.jpg?resize=800%2C800&ssl=1)
同時期に大英帝国(英国)の首相だったのが、小説家でもあったベンジャミン・ディズレーリです。
ビスマルクとディズレーリの風貌を比較すると、当時のプロイセン王国(ドイツ)の雰囲気がわかります。
そして、このビスマルクの「極端な考え方」に傾倒した日本人がいました。
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岩倉使節団は、最初に米国を訪れて欧州各国を訪問しました。
この時、プロイセン王国でビスマルクと会話して、感激したのが大久保利通です。
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ビスマルクの考えは、
素晴らしい!
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我らもドイツ・プロシアの
考え方を見習おう!
帝国主義は軍国主義とも似た傾向があり、世界中で軍事が非常に重視され始めた頃です。
アインシュタインの生まれた1879年は、日本も大きな変化のあった時代でした。
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維新の三傑と呼ばれる、西郷隆盛・木戸孝允が1877年に亡くなりました。
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今の明治新政府は徳川幕府打倒の
理想とは、全然違うから、おいどんが・・・
西郷隆盛は西南戦争を引き起こし、自決。
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また西郷くんが大問題を引き起こしたか・・・
いい加減にせい・・・
西郷が大嫌いな木戸孝允は、日本の行く末を心配しながら病死しました。
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私には、まだまだ
やらなければならないことが山ほどあるが・・・
その翌年の1878年には、大久保利通が暗殺されました。
おいおい、みんな一気に
いなくなってしまったが・・・
明治新政府は
大丈夫なのか?
短期間に一気に「明治維新の立役者」を失った新政府は、新たな体制に入りました。
あまり話せない子どもだったアインシュタイン
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のちに天才物理学者・科学者となったアインシュタイン。
小さな頃は、むしろ少し劣る感じすらありました。
なんと、5歳頃まで「あまり言葉を話せなかった」のです。
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言葉を話すのは、
苦手だったかも・・・
アインシュタインの両親は、とても心配します。
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あ〜・・・
う〜・・・
うちの子、
大丈夫かしら・・・
母親・パウリーネは心配し、病院で診察を受けたり色々と手を尽くします。
でも、なかなか良くなりません。
これは
本当に困ったわ・・・
親が大変心配する中、5歳頃からアインシュタインは急に話せるようになります。
ああ、
良かった!
子どもは4歳くらいからは、多少話せるようになる子が多いです。
ところが、大天才アインシュタインは、この基準では明らかに「知能が遅れていた」子どもでした。
後年、「考えることが大好き」なアインシュタイン。
幼き頃から「慎重に周囲の状況を考えていた」という説もあります。
ただし、これは「後付け」であり、小さい頃は「少し出遅れ気味だった」のが事実だったと考えます。
小さな子ども〜小学生くらいの間の勉学の出来は、子どもの個性と考えるのが良さそうです。
泣き虫を心配した母:軍人が怖くて泣く少年
![新教育紀行](https://www.e-voyage.net/wp-content/uploads/Hitler01m02.jpg)
![新教育紀行](https://i0.wp.com/www.e-voyage.net/wp-content/uploads/Hitler01m02.jpg?resize=800%2C800&ssl=1)
そもそも、現代「独英仏伊」と欧州の四強を呼びますが、ドイツは少し出遅れた存在でした。
19世紀中頃までは、欧州は「英国とフランス」の二代強国であったのが実態です。
それ以前には、スペインとポルトガルが強大な国家であった時代がありました。
アインシュタインが生まれた頃、猛烈な帝国主義で突っ走り始めていたプロイセン王国(ドイツ)。
アインシュタインが生まれた1879年の54年後の1933年には、ヒトラーが首相になりました。
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欧州全土を
我がドイツの手に!
歴史のストーリーの「一つの展開」とはいえ、考えられない事態でした。
英国やフランスでは、ヒトラーのような人物が国家元首になることは、あり得ない事態でした。
それだけに、当時のドイツはちょっと軍国主義が行き過ぎた「怖い」面があったのでしょう。
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軍人さんたち、
怖い・・・
両親が心配したことが、もう一つありました。
それは、アインシュタインがすぐに泣くことでした。
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それは
嫌だよ・・・
ビスマルク率いるドイツでは軍人が尊重され、軍人たちは闊歩していました。
俺たちが
我がプロイセンを守っているのだ!
アインシュタインは、軍人を見かけると、すぐに
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嫌だ・・・
怖い・・・
と泣いてしまいます。
他の子どもたちは、当時のプロイセン王国の雰囲気に同化しているのか、
なんで、
怖いのさ・・・
そうだよ・・・
軍人さんたちが僕たちを守ってくれているんだぞ!
現代の感覚では、小さな子が「軍人を見て泣く」のは、それほど不思議なことではありません。
ところが、当時のプロイセン王国(ドイツ)では「異色の子ども」だったのでした。
すぐに
泣きすぎだわ。
この子、弱虫
なのかしら・・・
母・パウリーネの心配は、尽きません。
まあまあ、母さん、
そんなに心配しないで・・・
おい、アルバート、
ちょっとこっちへ!
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えっ、
何?お父さん・・・
これを
見てごらん!
この頃、電気工場を営んでいた父・ヘルマンがアインシュタインにあるものを渡します。
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次回は上記リンクです。