明確な背景の理解求めた戦前の中学入試社会〜戦前における天皇・三連続の「理科の根幹」を問う記述・「知っているだけ答える」出題〜|昭和初期の中学入試問題4・昔の中学受験

前回は「「理科の根幹」を尋ねた戦前の中学入試理科〜「重力の向きは、どう決める?」・「作文的要素」があった戦前の中学入試国語・答えが文章にない国語〜」の話でした。

目次

三連続の「理科の根幹」を問う記述:「知っているだけ答える」出題

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1934年度 日立中学校入学試験問題:算数(茨城県下中等学校入学試験問題集、新教育紀行)

1934年度(昭和9年度)の戦前の中学入試問題の算数は、信じられないほど易しい出題でした。

これでは「点差がつかない=試験の意味がない」ほど、易しい出題だった算数。

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1934年度 日立中学校入学試験問題:国語(茨城県下中等学校入学試験問題集、新教育紀行)

それに対して、国語は、難易度がやや高めで「文章中に答えがない」出題でした。

作文的要素を含み、背景として当時の日常生活や「社会」を理解している必要があります。

ここでいう「社会」とは、科目の「社会」ではなく、広い意味の「社会」です。

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旭日旗(Wikipedia)

当時、大日本帝国という名称だった日本。

上の出題があった1934年(昭和9年)の時代、朝鮮半島・台湾・南樺太は、大日本帝国の領土でした。

そのため、現代では「100%出題されない」問題です。

その一方で、上の国語の出題は、「当時の大日本帝国の雰囲気」を理解するには良いです。

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1934年度 日立中学校入学試験問題:理科(茨城県下中等学校入学試験問題集、新教育紀行)

続いて、理科の出題は、意外と難易度が高い出題でした。

出題者

重力の働く向きを定めるには、
どうしますか?

出題者

銅線に電気が流れているかどうかを
調べるには、どうしますか?

出題者

アルカリ性とは
どんな性質ですか?

出題者

アルカリ性のある物の名を
知っているだけ書きなさい。

理科では、このように三連続で記述が続き、最後に「アルカリ性の物」ときました。

現代、上の三つの記述を、ほぼ確実に答えられる中学受験生は少数派と、筆者は考えます。

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現代においても、中学受験必須の酸性・アルカリ性・中性。

リトマス紙は常識で、フェノールフタレイン、BTBなども反応を暗記する必要があります。

酸性とアルカリ性のイメージ(リトマス紙)

・酸性=危険な赤、アルカリ性=優しい青

・リトマス紙:酸性は、ずっと赤+アルカリ性は、ずっと青

酸性とアルカリ性のイメージ(フェノールフタレイン)

・酸性=危険な赤、アルカリ性=優しいピンク(女性のイメージ)

・フェノールフタレイン:アルカリ性のみ反応するから、酸性と中性は無色

酸性とアルカリ性のイメージ:BTB液

・酸性=危険な黄、アルカリ性=優しい青

・BTB液:酸性は黄色、アルカリ性は青色、中性は「黄色と青色を混ぜた」緑色

これらの反応は「丸暗記」でも良いですが、きちんとイメージを整理しておくと良いです。

フェノールフタレインに関する話を、上記リンクでご紹介しています。

現代ならば、

出題者

下記の選択肢から、アルカリ性の
水溶液を選んでください。

このような選択形式が多いですが、「知っているだけ書きなさい。」というのは、出題として面白いと思います。

明確な背景の理解求めた戦前の中学入試社会:戦前における天皇

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1934年度 日立中学校入学試験問題:社会(茨城県下中等学校入学試験問題集、新教育紀行)

続いて、社会の問題を見てみましょう。

ざっと、選択肢の問題が続きますが、後半は比較的易しいです。

ところが、最初の問題は、

出題者

初めて我が国に
支那の学問が伝来したのはいつですか?

現代は「中国」の中国を、戦前は「支那」と呼んでいました。

中国の正式名称は「中華人民共和国」ですが、戦前は、中華人民共和国はまだ存在しない時代でした。

「支那」という呼称に対しては賛否両論ありますが、とにかく戦前は「支那」だったのでした。

戦時中、日本と中国は戦争をしていましたが、宣戦布告をしなかったため「支那事変」と呼ばれました。

そもそも、「支那事変」の発端は「満洲事変」でした。

「事変」と「戦争」に関する話を、上記リンクでご紹介しています。

日本の第二次世界大戦の流れ

満洲事変(1931年)→支那事変(1937年)→大東亜戦争・第二次世界大戦(1941年)

日本の第二次世界大戦参戦までの流れは、上記の通りでした。

出題者

それは、推古天皇の頃?天智天皇の頃?
あるいは応神天皇の頃?

「中国の学問が初めて伝来」は、かなり昔のことです。

ここで「推古天皇、天智天皇」は分かりますが、「応神天皇」はかなり難しい知識です。

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昭和天皇(Wikipedia)

戦前まで、つまり1945年まで、「天皇は神」であった大日本帝国。

現代と比較して、「歴代天皇に対する知識」は、より重視されていたと考えます。

上の出題は、(イ)はハイレベルですが、他の問題は基礎的です。

出題者

次の各事がらに関係あるものを
()の中から選んで、それに◯をつけなさい。

現代ならば、「選択肢」で答えますが「◯をつける」回答方法でした。

そして、「関係あるもの」というのは、「どこまでが関係あるのか」が曖昧です。

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戦国大名 武田信玄(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

例えば、武田信玄は「桶狭間の戦いに関係がある、か、ない、か」は、判断が分かれそうです。

信玄は「桶狭間の戦いの当事者でない」ですが、明らかに「桶狭間」の影響を受けた戦国大名の一人です。

この点で考えると、「武田信玄は、桶狭間の戦いと関係がある」となります。

そのため、上の(ホ)の正答は「考え方次第」となります。

常識的には、(ホ)の正答は「徳川家康と今川義元」となります。

ここで、「どこまで?」に関しては、

出題者

「どこまで関係?」もまた
個々の常識で考えて答えてください。

出題者は、このような姿勢だったと思われます。

一部難易度高く、基礎的であるものの「きちんとした理解」を求めた歴史。

現代の中学受験社会のレベルとしては、標準〜やや難と考えます。

続いて、次回も社会の問題を見てみましょう。

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