前回は「「大化の改新は何年前?」と尋ねる戦前中学入試〜歴史と現代の視点・大化の改新の「真の意味」・「何が変わったか?」の理解が大事な歴史〜」の話でした。
歴史の「出来事の関係と時間」を学ぶ姿勢:現代から過去は何年前?


戦前、1935年度 大阪府立住吉中学校入学試験問題の出題は、大きな特徴があります。
算数は易しい問題に対して、理科、社会は本質を問うハイレベルな出題でした。
大化の改新は誰でも知っていますが、「何が改められた?」は意外と知らない人が多いです。

歴史の授業で、中大兄皇子を「なかのおおえのおうじ」と読むことを学び、
小学生の筆者「なかのおおえのおうじ」って、
不思議な名前だな・・・
小学生だった筆者は、「不思議な名前」と思いましたが、多くの小学生が同様に感じるでしょう。
実は、大化の改新は、当時の時代において「大革命」でありました。



また、それは今から
約幾年前ですか。
「何年前?」は、当時と現代では異なりますが、歴史を振り返る姿勢は大事です。
ここで、「1935年は、約何年前か?」を考えてみましょう。



え〜とね、
約90年前!
戦前、まだ太平洋戦争(大東亜戦争)に突入する前の日本は、現在2026年から見て「たかだか約90年前」です。



「戦前」って、遥か彼方の
大昔と思っていたけど、



「約90年前」ということは、
まだ生きている人もいるね。
「90年前の日本」で生まれ、現在もご存命の方はたくさんいらっしゃいます。
このように考えると、歴史が身近に感じられませんか。
歴史で「年、出来事を丸暗記」ではなく、「出来事の関係と時間」を少し考えると面白いです。
今回は、1935年の住吉中学校の歴史の問題の続きを見てみましょう。





徳川吉宗は、洋書の禁止を
解除しました。



なぜ、以前は洋書を禁止して
いたのですか。



なぜ、禁止を
解除したのですか。



洋書の禁止を解除した結果、
どのようなことが起きましたか。
旧字体もあり、少し昔っぽい表現なので、現代語に表現すると、このような問題なります。
ぜひ、考えてみてください。
「洋書禁止緩和」から「解体新書」まで約50年:享保の改革で大事な事


この問題は、徳川吉宗の政治だけでなく、徳川幕府の本質を理解する上で、とても良い問題です。
中学受験では、「徳川吉宗と言えば、享保の改革」というほど、「吉宗と享保の改革」はセットです。
享保の改革に関する話を、上記リンクでご紹介しています。
「享保の改革」という名称と年代は基本事項として、内容を理解しておきましょう。
足高の制:人材登用と財政再建の目的で、足高の制を設けた。
目安箱設置:一般の人々が政治について自由に意見を言えるように、目安箱を置いた。
質素倹約奨励:自ら質素倹約を率先遂行し、旗本に勤勉と武芸を奨励して幕臣の士気を鼓舞した。
享保の改革は多数ありますが、上の三つが基本事項となります。



享保の改革は、
「足高の制・目安箱・質素倹約」だけではないぞ!



この吉宗、学問を
強く奨励したのだ!



旗本・幕臣のみならず、
全ての民衆にも学問を強く奨励したのだ!
「学問大好き人間」だった徳川吉宗は、自身も学び続け、旗本・民衆にも学問を奨励しました。
この点では、「模範的将軍」だった徳川吉宗。



そして、禁じられている
洋学と洋書を解禁する!
| 年(およそ) | 実施政策 |
| 1716年(諸説あり) | 質素倹約 |
| 1720年 | 洋書禁止緩和 |
| 1721年 | 目安箱設置 |
| 1722年 | 足高の制 |
1716年に、徳川幕府の第八代将軍に就任した徳川吉宗。
質素倹約実施の開始時期は諸説ありますが、おそらく「当初から」と考えます。
「質素倹約」は、政策というよりも「政治への姿勢」という要素が強いと考えます。
そして、実は「洋書の禁止緩和」は、「目安箱、足高の制より先」であることが大事です。



学問が進んでいる
洋学を積極的に学ぶのだ!
この時期は、「洋学=蘭学」でした。
そして、洋学の禁止緩和は、「キリスト教に関する書籍を除く」点も重要です。


それでは、上の問題の解答例を見てみましょう。
上の解答例は、現代の視点から見ると、「ややくだけた表現」です。
その代わり、「分かりやすい」と考えます。
いずれも大事な事実で、徳川吉宗が思い切って洋書を解禁した政策は、各方面に成果をもたらしました。


吉宗が洋書禁止を緩和した約50年後、杉田玄白らの解体新書が登場しました。
解体新書は1774年発行で、当時は「日本初、西洋界某所の本格的翻訳書」でした。
当時、杉田玄白らは、日蘭辞典が限定されたなか、苦戦奮闘して翻訳しました。
「解禁から50年余り」かかった翻訳であり、当時の日本の医学界に大革命をもたらしました。
「徳川吉宗→享保の改革」のように「ただ丸暗記」ではなく、歴史は出来事の流れが大事です。
このように、「吉宗の政策」を多角的に理解しておくと良いでしょう。


