前回は「曖昧な「天皇の国家統治の大権」に悩む欧米首脳〜「組織」か「地位」か・帝国政府の「遠回りな外交戦略」・スイスとスウェーデンの仲介頼み〜」の話でした。
「全く会いたくない」ソ連マリク大使:連合国四カ国の一つソ連

1945年8月10日、連合国に対してスイス・スウェーデンを通じて、ポツダム宣言の返答をした帝国政府。
前日の8月9日には、長崎への二発目の原爆、ソ連の侵攻があり、とにかく急いでいました。
| 伝達依頼国 | 伝達先 |
| スイス | 米、華(中国) |
| スウェーデン | 英、ソ |
米英中ソの四カ国によるポツダム宣言となっていた当時、二カ国ずつ伝達依頼国を通して回答しました。

大日本帝国最後の四か月八月九日、箱根の疎開していた
駐日ソ連大使マリクは、



東郷外相に
会見を求めてきた。



用向きは既に分かっているので、
東郷外相は、一応断り、



十日の午前十一時から
会おうと約束した。
その中、「仲介を模索し続けていた」ソ連のマリク大使が会見を申し込んできました。
会見の要件は「対日宣戦布告」の話であり、帝国政府にとっては、「聞く価値のないこと」でした。
さらに、「頼みとしていた」のに、あべこべに「宣戦布告された」帝国政府。
その宣戦布告を「今更聞く価値がない」に加えて「会いたくもない」相手でした。
ところが、当時は、「連合国の一つ」となっていたソ連。



マリク大使との会見など
したくもないが・・・



今は、連合国への国体護持の
照会中・・・



ここで、ソ連が無用な動きをして
潰されては困る・・・
ソ連のマリク大使との会見は、「したくなかった」東郷外相。
外交儀礼もありましたが、当時は、このような思惑もあったでしょう。
東郷外相「ソ連外交は笑止千万」:「今更聞きたくない」宣戦布告





日本人をして、ドイツがその無条件降伏後になめた
危険と破壊を避けるための唯一の手段だと考えている。



以上の見地から、ソ連政府は、
八月九日から日本と戦争状態にあることを宣言する。
マリク大使は、おそらくモロトフ外相が佐藤大使に伝えた内容と同一の宣戦布告文を読んだ、と考えます。
モロトフ外相が、一方的に佐藤大使に伝えた宣戦布告の内容を、上記リンクでご紹介しています。
ここで、「今更」ですが、マリク大使とモロトフ外相のスタンスには「重大な違い」がありました。





以上の見地から、ソ連政府は、明日、つまり
八月九日から日本と戦争状態にあることを宣言する。
モロトフ外相の「宣戦布告通知」は「明日から日ソで戦争状態」でした。
そのため、超直前ではありますが、一応「事前通告」となります。
ところが、マリク大使が東郷外相の元に来たのは八月十日。
即ち、「既に日ソで戦争状態となっていた」時期でした。
「日ソ間で戦争状態となり、二日が経過しようとしていた」時期でした。
そんな時にも関わらず、



ソ連は、八月九日から
日本と戦争状態にあります!
ノコノコと、宣戦布告を「わざわざ通達に来た」マリク大使。
既に、この時、満洲では、日ソ双方で多数の将兵が亡くなっている事実がありました。



・・・・・
東郷外相が、怒り心頭であったのは当然のことでした。



その日、外務省へやってきた
マリク大使が、



ソ連政府の日本政府に対する
宣戦布告の伝達書を朗読し終わると、



・・・・・



東郷外相は、おもむろに
口を開いた。



ゆっくりとした口調だったが、
語気は鋭かった。



ただいまの宣言は了承したが、
日本とソ連とは長い間友好関係を保とうとして、



今日まで外交交渉に
力を入れてきた。



最近では、わざわざ廣田元総理を
わずらわせて、あなたと話し合いを進めていたのに、



ソ連側の返事は
まだこない。



なお、戦争の惨禍から人類を救うため、
なるべく速やかに戦争を終わらせたいとの陛下の大御心により、



これをソ連側に伝え、日ソ間の関係の強化及び
戦争終結についての話し合いをするため、



特使を派遣したいと申し入れたが、
これについての返事もまだ入手していない。





ソ連へ特使として
向かいましょう!
これらの話は全て事実であり、帝国政府は、近衛元総理をソ連に特使として派遣する準備をしていました。
しかし、「近衛元総理のソ連派遣」は、ありませんでした。



我が方では、戦争終結に関する
ソ連政府の斡旋の回答を待って、



いわゆるポツダム宣言についての
態度を決定する資料にしたいと考えていたわけである。



あなたの方では、日本が三国共同宣言を
拒絶した、と言っておられる。



それは一体、どんな資料から知られたのか
承知しないが、前に述べた事実に鑑み、



あなたの方では、日本に何らの返事もしないで、
突如として国交を断絶し、戦争状態に入ると言われるのは、



笑止千万、東洋における将来の事態よりして、
甚だ遺憾に耐えない。



これは、やがて世界の歴史が正しく
判断してくれると思われるので、



これ以上申し上げることは
差し控える。



日本政府は、人類を戦争の惨禍から免れさせるために
なるべく速やかに平和を招くことを



祈っておられる天皇陛下の大御心に従い、
ソ連政府にその斡旋を頼んだが、



不幸にして、帝国政府の努力が実を結ばなかったのは、
ご承知のとおりである。



しかし、帝国政府は、陛下の平和に対するご祈念に基づき、
平和を回復し、戦争の惨禍を速やかに取り除きたいと思い、



ポツダム宣言は、天皇の統治者としての大権を
変更するものではない、という了解の基に、



これを受諾する
ことに決めた。



これに関しては、既にスウェーデン政府を通じて、
通告の手続きを取った。



だから、あなたの方で、ご異存がなかったら、
本国政府に正確に伝えてもらいたい。
日頃温厚な東郷外相は、かなり長文となる話を、一方的に捲し立てました。
要するに、「帝国政府の外交」を完全に無視し、一方的に宣戦布告してきたのが当時のソ連でした。
内容には重複する点が多いものの、確かに「帝国政府の考え」をソ連政府に通告した東郷外相。



・・・・・
マリク大使としては、「身に覚えがあること」ばかりでした。
対米戦開戦時も外相であり、敗戦時も外相となることとなった東郷外相。
東郷外相は、「ソ連政府にひたすら翻弄され続けた」帝国政府の立場を、きちんと伝えました。
外交を受け持つ最高責任者として、丁寧に、はっきりと、そして、堂々と。
次回は上記リンクです。



