前回は「攘夷とは何か?〜征夷大将軍と「夷」の言葉の意味・攘夷から討幕へ・共に「15代で終了」となった室町幕府と江戸幕府〜」の話でした。
中国の儒教発祥の「尊王」思想:「攘夷」と合体して「尊王攘夷」へ

前回は「攘夷とは何か?」を考えました。
A.外国人を皆殺しにする考え方。(1点)
B.外国人を日本から消そうとする考え。(2点)
C.外国人を夷人と考え、外国人を打ち払う思想。(3点)
模範解答例:日本を神州の国と考えて外国人を夷人と見做して排除し、我が国に来る外国人は打ち払うという排外思想。
「攘夷」という思想は、「尊王(尊皇)」という思想と合体して、「尊王(尊皇)攘夷」となりました。
そもそも「尊王」は中国の儒教の思想です。
皇帝や国王を尊崇し、極めて重視する思想
歴史上、日本の天皇は様々変質しますが、皇帝とは性質・性格がだいぶ異なる存在です。
そして、「王」とも違うのが天皇です。
日本における「王」とは、戦国大名や江戸期の各藩の藩主はイメージが合います。
そして、「尊王」という思想は、日本国内で変質し、幕末に天皇を尊崇する思想となりました。
「王」や「皇帝」ではなく、天皇を尊崇するので「尊皇」と書くこともあります。
幕末の「攘夷」思想は「討幕に直結した」面があり、日本の歴史上、極めて重要な思想です。
日本が諸外国との間で締結した最初の条約は何か答え、その条約を簡潔に説明して下さい。
今回は、「諸外国との関係」を考えてみましょう。
日本が諸外国と締結した最初の条約は何か?:「分かること」は書く

答えは、日米和親条約です。
1853年にペリーが軍艦4隻を率いて、日本に来航しました。

ペリーHello!Japan(日本)の
みなさん!



我がUnited Statesと
条約を締結しましょう!



いきなり条約と言われても困るので、
ちょっと検討します・・・



「また来年」でいかが
でしょうか?
お得意の「棚上げ戦術」に出た徳川幕府。



メリケン(米国)は遠いから、
来年は来ないだろう・・・
安心していた徳川幕府でしたが、翌1854年にペリーは再び来航しました。



Hello!Japan(日本)の
みなさん!



約束通り、
また来ましたよ!
しかも、1853年に来たのは7月で「また来年」と言っていたのに、1854年2月に来たペリー。



「来年」って言っていて、
確かに「来年」だけど・・・



まだ半年くらいしか
経過してない・・・
おそらく、「来年」としても「8月以降を想定していた」徳川幕府。
「2 月に来航」は、幕府にとって、「完全な想定外」だったでしょう。



このペリーは、
日本と条約を締結したいのです!



この熱意を
分かってください!



そ、そうですか・・・
条約は初めてでして・・・
さらに、徳川幕府にとって「大きな想定外」がありました。



前回は、軍艦が4隻でしたが
今回は軍艦9隻です!
1853年の時は、軍艦4隻だった軍艦は9隻と倍以上になりました。
1853年:4隻
1854年:9隻
この軍艦の数も重要な事実なので、知っておきましょう。



条約結ばないなら、
Edoを砲撃しますよ!



昨年約束しましたよね!
「来年条約結ぶ」と!



ま、まあ・・・
結びましょうか・・・
全く前向きでなかった「初めての外国との条約」を「締結させられた」のが徳川幕府でした。
日米和親条約に関する「ネルーの視点」の入試問題の話を、上記リンクでご紹介しています。



その条約を簡潔に
説明して下さい。
「条約を簡潔に説明」は、ある意味で曖昧な問題であり、いかようにも答えられます。
「条約の内容」でも良いし、「条約締結の歴史」でも良いです。
日米和親条約の内容は、別の機会にご紹介します。
今回は、「日米和親条約締結前後の歴史」を簡単に書いてみましょう。
A.日米和親条約。(1点)
B.日米和親条約で、米国から来たペリーに脅されて締結した条約。(2点)
C.日米和親条約で、1854年に米国から軍艦を率いて来航したペリーに脅されて締結した条約。(3点)
模範解答例:日米和親条約であり、米国から9隻の軍艦を率いて来航したペリーに恫喝され、やむを得ず徳川幕府が締結せざるを得なかった条約。
Aは、条約名称のみ答えているので1点です。
こういう問題は、解答欄に「条約名」と「内容を書く欄」があることが多いです。
この場合、「条約名しか分かららない」時、「条約名」の欄に書いて「内容を書く欄」は白紙となります。
仮に、この回答が「一つの欄」の時を考えてみましょう。



日米和親条約は
分かるけど、内容はちょっと・・・



「日米和親条約」だけでは、
答えにならないかな・・・
このような時でも、「白紙」はやめましょう。
記述で答える問題は、「分かることを書く」ことが大事です。
この問題が「解答欄が一つ」の場合、「日米和親条約」のみでは「答えてない」ことになりますが、



説明が欲しいけど、
正しいから、1点。
「内容記載なし」でも「答え」が正しい時、採点者が零点にすることは原則として絶対ありません。
記述では、必ず「分かることまでは書く」姿勢でいきましょう。
Bは、中学受験なら満点で良さそうで、ある程度説明しています。
Cは、「脅された」内容として、軍艦を明記しているのが良いです。
模範解答例は、高校生以上を想定しており、軍艦数まで記載しているのが良いです。
これ以外にも、様々な回答があるのが、この問題です。
江戸時代は、「外国=オランダや中国、朝鮮」でした。
現代の日本において、「外国」と言ったらまずは米国です。
それは、第二次世界大戦後に「米国に一度占領された」歴史があることが最も影響があります。
そして、「我が国が最初に条約を締結した相手国=米国」であることも理解しておきましょう。
次回は上記リンクです。



