「昭和天皇のおぼしめし」をうかがいへ〜「三対三」で真っ二つ・追加条件は甲案か乙案か・「死中に活を」阿南陸相の真の本心」〜|ポツダム宣言から敗戦の真相27

前回は「昔の日本・日本国民の根幹「国体」〜帝国政府大本営が最後までこだわった「国体」・戦前の国体とは何か・陸軍「乙案連合国受諾」なら受諾〜」の話でした。

目次

追加条件は甲案か乙案か:「死中に活を」阿南陸相の「真の本心」

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敗戦時の陸海軍首脳たち:左上から時計回りに阿南惟幾 陸軍大臣、米内光政 海軍大臣、豊田副武 軍令部総長、梅津美治郎 参謀総長(国立国会図書館,Wikipedia)

後世から見れば「大日本帝国の降伏前夜」であった、1945年8月10日。

大日本帝国政府・大本営では「今、降伏するか、しないか?」を延々と議論していました。

梅津美治郎

いよいよだめになったら、舌を噛み切って
自決しろ!とまで教えてきた。

梅津美治郎

こんな教育を受けている軍隊に対して、
武器を捨てて敵に降伏しろ、という命令を出しても・・・

梅津美治郎

前線で果たしてうまく実行されるかどうか、
はなはだ疑問である。

「即降伏反対」梅津参謀総長は、「現実的に、今すぐ降伏は極めて困難 =不可能」と言いました。

阿南惟幾

したがって、今は死中に活を求める
気迫を持って進まなければいけないと考えます。

阿南惟幾

ただ、ここにある乙案によって
戦争を終結させることができるならば・・・

阿南惟幾

賛成してもよいと
考えています。

同様に「即降伏反対」阿南陸相は、「乙案なら良い」と言いました。

とは言っても「乙案を米国・連合国が受け入れる可能性」は0%でした。

この点から考えると、阿南陸相は「即降伏絶対反対」だったことになります。

ここで、「即降伏絶対反対」阿南陸相の「本当の本心」は諸説あり、別の機会にご紹介します。

甲案、乙案:最高戦争指導会議(1945年8月10日)

甲案:七月二十六日付三国共同宣言に挙げられた条件の中には、天皇の国法上の地位を変更する要求を包含しおらざることの了解のもとに日本政府は、これを受諾す。

乙案:七月二十六日付三国共同宣言につき、連合国において、

 (一)日本皇室の国法上の地位の変更に関する要求は、未美宣言の条件中に包含しないものとする。

 (二)在外日本軍隊はすみやかに自主的撤退をなしたる上、復員す。

 (三)戦争犯罪人は、国内において処理する。

 (四)保障占領はしないものとする

との了解に同意するにおいては、日本政府は戦争の終結に同意す。

ポツダム宣言において、連合国は、「日本の領土や未来を一定程度保証する条件」を付しました。

この点は、連合国側が「かなり譲歩した」様子が見て取れました。

それに対して、大日本帝国は「更なる条件をつける」方向で検討していました。

「昭和天皇のおぼしめし」をうかがいへ:「三対三」で真っ二つ

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「大日本帝国最後の四か月」(迫水久常著、新教育紀行)

この時、若き43歳の内閣書記官長(内閣官房長官)だった迫水は、当時を克明に記録しました。

大日本帝国最後の四か月

米内海相は、
極めて簡潔に、

米内光政

東郷外相の
意見に同感である。

大日本帝国最後の四か月

と述べた。
平沼枢密院議長は、もともろの状況について・・・

大日本帝国最後の四か月

列席の大臣、総長一人ひとりに
質問したのち、

平沼騏一郎

外相の
考えに賛成である。

大日本帝国最後の四か月

ことを
表明した。

大日本帝国最後の四か月

梅津参謀総長と豊田軍令部総長は、
だいたい、阿南陸相と同じような意見を吐いた。

ここで、迫水は、梅津参謀総長・豊田軍令部総長が「意見を吐いた」と記述しました。

この「吐いた」と言うのは、現在では基本的に使用しない言葉です。

当時は現在よりも使用したかもしれませんが、軍部に対して「冷たい表現」と考えます。

組織名前役職国体護持条件で即受諾
政府鈴木貫太郎内閣総理大臣
東郷茂徳外務大臣
阿南惟幾陸軍大臣✖️
米内光政海軍大臣
大本営梅津美治郎参謀総長✖️
豊田副武軍令部総長✖️
枢密院平沼騏一郎枢密院議長
帝国政府・大本営最高幹部の即時降伏への意見

上のように、帝国政府・大本営最高幹部の即時降伏への意見は、「3対3」に割れました。

ここで、平沼枢密院議長の票は「本来は含まれないが、降伏受諾は条約同等なので特別カウント」です。

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左上から時計回りに、鈴木貫太郎首相、平沼騏一郎枢密院議長、木戸幸一内大臣、東郷茂徳外務大臣(国立国会図書館、Wikipedia)

鈴木首相のみは、意見を表明していませんでしたが、ここで、

鈴木貫太郎(架空)

私は、「国体護持条件で即受諾」に
賛成なので、4対3ですね。

「4対3で即時降伏決定」とは、なりませんでした。

ここで重要なのは、「平沼枢密院議長票の有効性」の議論となります。

「特別カウント」は、鈴木首相・迫水書記官長の「一方的見解」でした。

このような「異常事態」は全く想定されてなく、当時の法律には明記されていませんでした。

そのため、法律的には鈴木首相が賛成しても「3対3」でした。

大日本帝国最後の四か月

時計の針は、
すでに十日午前二時を回っていた。

大日本帝国最後の四か月

意見は真っ二つに分かれ、
三対三の対立になった。

大日本帝国最後の四か月

私は前もって鈴木総理と打ち合わせた通り、
総理に合図を送った。

迫水久常

・・・・・

迫水書記官長は、鈴木総理に合図を送りました。

当然ながら、周囲の人も、この「合図」には気づいていたと考えます。

大日本帝国最後の四か月

総理は、そこで、
立ち上がり、次のように提案した。

鈴木貫太郎

本日は、列席者一同熱心に意見を
開陳致しましたが・・・

鈴木貫太郎

今に至るまで
意見はまとまりません。

鈴木貫太郎

しかし事態は緊迫しておりまして、
全く遷延を許さない状態にあります。

鈴木貫太郎

まことに恐れ多いことではございますが、
ここに天皇陛下のおぼしめしをおうかがいして・・・

鈴木貫太郎

それによって、私どもの意思を決定と
致したいと思っております。

そして、ついに鈴木首相が昭和天皇に「おぼしめしをおうかがい」する場面となりました。

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昭和天皇(Wikipedia)

そして、昭和天皇は、皆に何を伝えるのでしょうか。

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