前回は「旧字体「聯」は現代のどの漢字?〜1949年制定の「当用漢字字体表」・奥深い「旧字体の世界」・現代の新字体との違い〜」の話でした。
旧字体「臺」は現代のどの漢字?:現代の漢字とは「全然違う」旧字体

今回は、上の旧字体を考えてみましょう。
女子中学生この字は
見たことないけど・・・
おそらく、この字を見たことがある小学生〜高校生は、極めて少ないと考えます。
歴史が好きで、昔の文献を読んだことがある高校生なら、見たことがあるかもしれません。
・概ね戦前に使用されていた、画数が多く、複雑な漢字
・正式には1949年「当用漢字字体表」制定によって、現在の簡易な漢字へ移行
現代の漢字と比較して、かなり画数が多く、複雑な漢字だった旧字体。
字にもよりますが、現代の漢字とは「全然違う」ようにも感じられる旧字体もあります。
当用漢字字体表
答 申
昭和23年6月1日
文部大臣 森戸 辰男 殿
国語審議会会長 安倍 能成
さきに本会に御諮問になりました事項のうち,漢字の字体整理を現下の急務と認め,慎重審議の結果,別冊「当用漢字字体表」を議決いたしました。
右、答申いたします。
別冊
当用漢字字体表
まえがき
一、この表は,当用漢字表の漢字について,字体の標準を示したものである。
一、この表の字体は,漢字の読み書きを平易にし正確にすることをめやすとして選定したものである。
一、この表の字体の選定については,異体の統合,略体の採用,点画の整理などをはかるとともに,筆写の習慣,学習の難易をも考慮した。
なお,印刷字体と筆写字体とをできるだけ一致させることをたてまえとした。
日本が、事実上「初めての敗戦」を迎えた1945年の3年後に、現代の漢字が答申されました。
そして、翌年の1949年に、「当用漢字字体表」が制定されました。
上の「臺」の字をよく見てみて、現代のどの感じが推測してみましょう。



「臺」は、かなり複雑だけど、
下の方は「室」に似ているかな?



上の方は、
「大吉」とかの「吉」だね・・・
「室」と「吉」を合体したような感じですが、これらの意味をつなげてみると、



「室」と「吉」を
合体?



よく
分からないね・・・
日本有数の大都市の名前


それでは、上の地名を考えてみましょう。



「仙臺」って
なんだろう?
日本の地名で「仙」がつく、二文字の地名を考えてみましょう。
そして、上の「仙臺」は、かなり有名な都市です。



あっ、
「仙台」かな?
上の地名は、旧字体の「仙台」です。
現代の仙台を、戦前は「仙臺」と書きました。



これは、
難しい漢字だね。



「台」と「臺」では、
全然違うね。
確かに「台」と「臺」は、全然違うように感じます。
明治政府が設置した全国六鎮台:最初は全国四鎮台


旧字体では、「熊本鎮台」を「熊本鎮臺」と書きました。
前回、「連合艦隊」は旧字体で「聯合艦隊」と表記した話をしました。
このように、戦前の漢字は全然違うものがあります。



「熊本鎮台」より
「熊本鎮臺」の方が強そう・・・
「熊本鎮臺」と書くと、いかにも軍事拠点のような印象です。


・1871年に設置した陸軍地方司令部。
・各地方の軍事拠点であり、当初は主に内乱防止のために設置。
・当初は東京、大阪、鎮西(熊本)、東北(仙台)の六カ所設置。
・後に広島、名古屋を含めた二カ所追加し、六鎮台体制へ。
西南戦争で、明治新政府にとって大活躍した熊本鎮台は、当初「鎮西鎮台」と呼ばれました。
設置した1871年の頃は、欧米列強などの外敵からの防衛もありましたが、内乱防止が優先でした。
「臺」の話と一緒に、鎮台のことも知っておきましょう。

