ポツダム宣言全文を読んで感じること〜原爆とオリンピック作戦と本土決戦・サイパン陥落から神風特別攻撃隊の出撃へ・B29による日本全国爆撃〜|ポツダム宣言2・第二次世界大戦と戦後

前回は「無条件降伏とは何か?〜無条件降伏の対象は「日本」ではなく「日本軍」・大人しめの連合軍要求・超異常事態への昭和天皇の決断〜」の話でした。

目次

サイパン陥落から神風特別攻撃隊の出撃へ:B29による日本全国爆撃

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B29による日本各地の空襲(Wikipedia)

今から81年前の1945年正月の日本(大日本帝国)は、真っ暗でした。

1944年から敗色が濃厚となり、1945年正月時点では「もはや勝利は不可能」でした。

一時は日本領であったサイパンが、1944年7月19日に米軍によって陥落しました。

「サイパン陥落」は、極めて重要な意味を持っていました。

サイパンが陥落し、米領となった時点で、日本の大部分がB29の空襲範囲となりました。

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東條内閣:1941年成立(Wikipedia)
東條英機

サイパンが、
陥落した、だと・・・

東條英機

・・・・・

「サイパン防衛」に「絶対」の自信を持っていた東條英機総理大臣兼陸軍大臣兼参謀総長。

役職を書くと「物々しい」感じで、「禁じ手」である「陸軍大臣と参謀総長を兼ねた」のが東條でした。

この「サイパン陥落」が、東條内閣崩壊につながります。

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大西瀧治郎 第一航空艦隊司令長官(Wikipedia)
大西瀧治郎

もはや・・・
もはや普通の戦い方では、米軍には勝てん・・・

大西瀧治郎

これしかない、
これしかないのだ・・・

「敗北必至、ならば降伏すれば良い」のが「普通の考え方」かもしれませんが、軍人は違いました。

「戦うために存在した(する)」軍人にとって、「ひたすら勝つ方法を考える」のが使命でした。

大西瀧治郎

爆弾を抱いて、
米軍の艦船に突っ込むしか方法はない・・・

追い込まれた日本軍は、ついに神風特別攻撃隊の出撃に踏み切ったのでした。

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大西長官と神風特別攻撃隊・敷島隊の訣別の水盃(中央で隊員を見て背を向けているのが大西長官):1944年10月20日(Wikipedia)

そして、1944年10月末から敗戦(終戦)まで、神風特別攻撃隊の出撃が続きました。

日本軍将兵A

行って
参ります!

日本軍将兵B

行って
参ります!

神風特別攻撃隊に関する話を、上記リンクでご紹介しています。

ポツダム宣言全文を読んで感じること:原爆とオリンピック作戦と本土決戦

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摺鉢山へ砲撃を加える米軍(Wikipedia)

第一次世界大戦までの戦争ならば、1944年の時点で、日本とドイツは降伏するはずでした。

ところが、日本もドイツも頑強に抵抗を続け、降伏する雰囲気はありませんでした。

そして、1945年を迎え、米軍は日本本土に向かい、更なる攻撃を続けました。

1945年2月には東京の遥か南方の硫黄島、同年3月には沖縄に侵攻を開始した米軍。

そして、硫黄島も沖縄も陥落し、1945年7月には、いよいよ九州や本州への侵攻が予定されました。

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ダグラス・マッカーサー連合軍最高司令官(Wikipedia)
マッカーサー

Japan(日本)が
なかなか降伏しない・・・

マッカーサー

これは、まだまだ
戦争は長引くか・・・

当時、連合軍の陸軍の最高指揮官であったマッカーサー。

後にGHQ連合国軍最高司令官となり、「日本を統治した」マッカーサーは、最前線で戦い続けました。

マッカーサー

11月からは、
Kyushu(九州)への侵攻を開始する!

マッカーサー

我が連合軍の
Olympic作戦だ!

主に米軍が、日本本ど侵攻作戦を計画し、「まずは九州侵攻」を具体的に計画しました。

その計画名称は「Olympic(オリンピック)作戦」と呼ばれました。

なぜ、よりによって「Olympic」という名称にしたのか?

これは米軍に尋ねてみなければ分かりませんが、原爆を「Little Boy(小さな男の子)」と呼んだ米軍。

あるいは、原爆を「Fat Man(太った人)」とも呼びました。

これと似たような雰囲気で、「Olympic」という名称をつけたのでしょう。

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トルーマン米大統領(Wikipedia)
トルーマン

Germany(ドイツ)のように
Japanの本土決戦をするか・・・

当時、ルーズベルト大統領が急死し副大統領から昇格し、米大統領となっていたトルーマン大統領。

トルーマン

だが、多数の我が米軍兵が
死ぬことになる・・・

硫黄島・沖縄の戦いから、日本本土決戦は、米軍に「莫大な損害」が予想されました。

そして、1945年7月に原爆開発の成功に到達した米国は、

トルーマン

その前に、一度
降伏勧告をしよう・・・

日本に対して、本土決戦を前に、そして後世の視点から見れば「原爆投下前に」降伏勧告しました。

ポツダム宣言(Wikisourceによる現代語訳)

宣言

合衆国、中国および連合王国の政府首脳による宣言

一 我々、合衆国大統領と中華民国国民政府主席およびグレートブリテン首相は、我々の数億の国民を代表して協議を行い、日本にこの戦争を終結する機会を与えることで意見が一致した。

二 合衆国と大英帝国および中国の巨大な陸海空軍は、西方から自国の陸空軍による数倍の増強を受け、日本に対して最後の一撃を与える態勢を整えた。この軍事力は、日本が抵抗を停止するまで、対日戦争を遂行する全ての連合国の決意により支持され、また鼓舞されるものである。

三 覚醒した世界の自由な人々の力に対するドイツによる無益かつ無意味な抵抗の結果は、日本国民に対する極めて明白な先例である。現在、日本に対し集結しつつある力は、ナチスの抵抗に対し適用され、必然的に全ドイツ国民の土地、産業および生活様式に荒廃をもたらしたそれとは比較できないほど強大である。我々の軍事力は我々の決意のもとで最大限に行使され、それは日本国軍隊の不可避かつ完全な壊滅と、同じく不可避的な日本国本土の完全な荒廃を意味することになる。

四 愚かな打算により日本帝国を消滅の寸前まで陥れた身勝手で軍国主義的な助言者らに支配され続けるのか、それとも理性による道を歩むのかを、日本が決定すべき時が来たのである。

五 我々の条件は次のとおりである。我々は、これらの条件を逸脱することはない。これらに代わる条件は存在しない。我々は、遅延を許容しない。

六 日本国民を騙して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者たちの権力および勢力は、永久に除去されなければならない。無責任な軍国主義が世界より駆逐されるのでなければ、平和と安全および正義の新秩序が生じ得ないことを、我々は主張するからである。

七 そのような新秩序が建設され、かつ日本の戦争遂行能力が破壊されたことについて確証を持つことができるまでは、連合国が指定する日本国領域内の諸地点は、占領されなければならない。我々がここで述べる基本的な目的の達成を確実とするためである。

八 カイロ宣言の条項は履行されなければならず、また、日本の主権は本州、北海道、九州および四国、ならびに我々の決定する諸小島に限定されなければならない。

九 日本国軍隊は、武装を完全に解除された後、各自の家庭に復帰して平和的かつ生産的な生活を営む機会を与えられなければならない。

十 我々は日本人を民族として奴隷化したり、国民として滅亡させる意図を有さないが、我々の捕虜に対して虐待を行った者を含む一切の戦争犯罪人には、厳格な処罰が下されなければならない。日本政府は、日本国民の間における民主主義指向の再生および強化に対する一切の障害を除去しなければならない。言論、宗教および思想の自由、ならびに基本的人権の尊重は確立されなければならない。

十一 日本は、自国の経済を支え、正当な現物賠償の強制取立てを可能とするような産業の維持を許される。ただし、戦争のための再軍備を行うことを可能とするような産業の維持は許されない。この目的のため、原材料の統制とは異なる形で、原材料の入手を許されるものとする。日本は、将来的には世界貿易関係への参加を許されるものとする。

十二 これらの目的が達成され、日本国民の自由意思に基づき、平和指向かつ責任ある政府が樹立された場合は、連合国の占領軍は、直ちに日本から撤収するものとする。

十三 我々は、日本政府に対して、直ちに全日本軍隊の無条件降伏を宣言することを要求し、その行動における同政府の誠意について、適切かつ充分な保証を提供するよう要求する。日本にとって他の選択肢は、迅速かつ完全な破壊のみである。

ポツダムにて、1945年7月26日

ハリー・トルーマン   

ウィンストン・チャーチル

中華民国政府主席    

ポツダム宣言の全文が、上記です。

このポツダム宣言を読んで、感じたことは何か?を考えてみましょう。

問:ポツダム宣言に対する印象

ポツダム宣言を読んで感じることは何ですか?

あなたの意見、見解を述べて下さい。

詳細な内容ではなく、「感じること」を考えてみましょう。

次回は、「感じること」のいくつかの例をご紹介します。

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