「連合国正式回答」を恐る恐る開く迫水久常〜またも先に海外放送公表・「日本国の無条件降伏」明記したカイロ宣言・無条件降伏を「日本軍」に変更〜|ポツダム宣言から敗戦の真相36

前回は「連合国の回答第一電「日本の申し入れ拒否」傍受に愕然とした迫水久常・東郷外相とマリク大使の「言葉の戦争」・日ソの「どちらが正しい」か〜」の話でした。

目次

「日本国の無条件降伏」明記したカイロ宣言:無条件降伏を「日本軍」に変更

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左上から時計回りに、トルーマン米大統領、チャーチル英首相、スターリン書記長、蒋介石総統(Wikipedia)

1945年7月26日、米英中の連盟で出された大日本帝国への「条件付き降伏勧告」ポツダム宣言。

その後、当時、日ソ中立条約を締結していたソ連が一方的に大日本帝国に宣戦布告しました。

そして、ソ連はポツダム宣言に加わり、「米英中ソ」宣言となったポツダム宣言。

トルーマン

早く戦争を
終わらせたい・・・

当初、カイロ宣言では、「大日本帝国の無条件降伏」を目指す、としていた連合国。

カイロ宣言(1943年11月27日「カイロ」において署名、内閣府による)

「ローズヴェルト」大統領、蒋介石大元帥、及「チャーチル」総理大臣は、各自の軍事顧問及外交顧問と共に北「アフリカ」に於て会議を終了し左の一般的声明を発せられたり

各軍事使節は、日本国に対する将来の軍事行動を協定せり

三大同盟国は、海路、陸路及空路に依り其の野蛮なる敵国に対し、仮借なき弾圧を加ふるの決意を表明せり

右弾圧は既に増大しつつあり

三大同盟国は日本国の侵略を制止し且之を罰する為、今次の戦争を為しつつあるものなり

右同盟国は自国の為に何等の利得をも欲求するものに非ず

又、領土拡張の何等の念をも有するものに非ず

右同盟国の目的は日本国より1914年の第一次世界戦争の開始以後に於て日本国が奪取し、又は占領したる太平洋に於ける一切の島嶼を剥奪すること並に満洲、台湾及澎湖島の如き日本国が清国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還することに在り

日本国は、又暴力及貪欲に依り日本国の略取したる他の一切の地域より駆逐せらるべし

前記三大国は、朝鮮の人民の奴隷状態に留意し軈て朝鮮を自由且独立のものたらしむるの決意を有す

右の目的を以て右三同盟国は同盟諸国中日本国と交戦中なる諸国と協調し、日本国の無条件降伏を齎すに必要なる重大且長期の行動を続行すべし

カイロ宣言では、明確に「日本国の無条件降伏」と明記してありました。

トルーマン

だが、Japanは
無条件降伏は、まだまだしないだろう・・・

トルーマン

すると、Japanの軍や一般市民のみならず、
多数の我がUSの将兵が死ぬだろう・・・

トルーマン

・・・・・

日本が降伏しない限り、戦争はまだまだ続行、が当時の状況でした。

その場合、多数の日本人、米国人はじめ様々な国の人が、どんどん亡くなり続けます。

トルーマン

もう、これ以上、我がUS将兵の
死者を増やすのは、容認できん・・・

トルーマン

そして、Sovietの
動きも怪しい・・・

トルーマン

なんとか、Japanには
早めに降伏してもらわねば・・・

1945年4月12日に、前任のルーズベルト大統領が急死し、その日から急遽大統領に就任したトルーマン大統領。

ポツダム宣言の時には、「大統領就任から3ヶ月あまり」の時期でした。

トルーマン

あのKamikaze攻撃をする
Japaneseは、果たして無条件降伏するのか・・・

トルーマン

・・・・・

トルーマン

なんとか、Japanには
早めに降伏してもらわねば・・・

トルーマン

無条件降伏の対象は、
Japanではなく、”Japan軍”としよう・・・

トルーマン

領土は、主たる四つの島と
周辺の小さな島は確保してやろう・・・

ポツダム宣言では、無条件降伏の対象は「日本国」から「日本の軍隊」と大きく変更しました。

トルーマン

カイロ宣言を覆すのは、
なんとも言えぬが・・・

トルーマン

Japanの政府は、
ポツダム宣言を受諾せざるを得まい・・・

そして、ポツダム宣言を「拒否+徹底抗戦」の回答を受け、

トルーマン

「拒否+徹底抗戦」
だと・・・

発表10日後、

新教育紀行
広島への原爆投下:1945年8月6日(Wikipedia)

「警告」とも言える形で、1945年8月6日に、広島へ原爆を投下した米国。

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長崎への原爆投下:1945年8月9日(Wikipedia)

その3日後、同年8月9日には、更に長崎に二発目の原爆を投下した米国。

米国にとって、この原爆投下は「日本に降伏を迫る」以外に「ソ連への思惑」があった説が有力です。

その一方で、この頃の米国の発想は、「適切な理性が欠けていた」ように感じざるを得ません。

戦争という「殺し合い」の現場において、「適切な理性を保つ」ことは極めて難しいのかもしれません。

ポツダム宣言受諾への連合国への確認(条件提示):第二電(正式文)

帝国政府においては、常に世界平和の促進を願い給い、今次戦争の継続によりもたらされる惨禍より人類をまぬが占めるため、速やかなる戦争の終結を記念し給う天皇陛下の大御心に従い、数週間前、当時、中立の関係にあったソビエト連邦政府に対し、敵国との平和回復のため、斡旋を依頼したが、不幸にして、この帝国政府の平和招来に対する努力は実を結ばなかった。

ここにおいて、帝国政府は、天皇陛下の一般的な平和克服についての御祈念に基づき、戦争の惨禍を出来る限り速やかに終止させたいと思い、次の通り決定した。

帝国政府は、昭和二十年七月二十六日、ポツダムにおいて、米英支三国首脳により発表せられ、その後、ソ連邦政府の参加をみた共同宣言に挙げられた条件の中を、右の宣言は天皇の国家統治の大権を変更する要求を含んでいないことを了解の基に受諾する。

帝国政府は、このように了解して誤りないことを信じ、本件に関する明らかな意向が速やかに表示せられるよう希望している。

そして、ようやく「大日本帝国からの回答」を得た米国・連合軍は、「回答の回答」を公表しました。

大日本帝国最後の四か月

この時、長谷川くんが伝えてくれた
最初のAP電によると、

長谷川

連合国は、日本の申し入れを
拒否するらしいです。

迫水久常

!!!

「日本の申し入れ拒否」に愕然とした、迫水内閣書記官長。

これでは、軍部が納得するはずはなく、更に戦争継続となることは確実でした。

迫水久常

戦争継続、
なのか・・・

そして、更に大勢の日本人、将兵に限らず、民間人が多数戦死するであろう現実に対し、

迫水久常

拒否、
か・・・

もはや、生きる気力もなくなりかけたであろう迫水久常。

「連合国正式回答」を恐る恐る開く迫水久常:またも先に海外放送公表

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「大日本帝国最後の四か月」(迫水久常著、新教育紀行)
大日本帝国最後の四か月

陛下をはじめ、
政府の関係者たちが全力をあげて、

大日本帝国最後の四か月

和平への工作を積み重ねてきたのに、
結果は水泡に気するのか、と思うと、

大日本帝国最後の四か月

いても立っても
おられない気持ちだった。

正に「いても立ってもいられない」という言葉が、ピタリと当てはまる状況に陥った帝国政府。

大日本帝国最後の四か月

それから間もなく、
UPのフラッシュが入ってきた。

大日本帝国最後の四か月

日本政府は連合軍最高司令官を通して、
国務を遂行するという趣旨だと伝えてきたが、

大日本帝国最後の四か月

まだ満足な
回答ではない。

大日本帝国最後の四か月

困ったことになった、
と、首相官邸の中は憂色に包まれた。

大日本帝国最後の四か月

午前三時頃
だった。

大日本帝国最後の四か月

同盟通信社から長谷川君の使いとして、
安達鶴太郎君がやってきた。

大日本帝国最後の四か月

安達君は外国放送から傍受した
連合国側の回答の全文を持ってきた。

当初、日本政府への正式通告前に「海外放送で発表」されたポツダム宣言。

今回の「日本政府への回答」もまた、日本政府への正式通告前に「海外放送で発表」されてしまいました。

そして、その発表を「傍受」した同盟通信社。

「傍受」という言葉は、多くの場合で、電話や無線などを「横から受信する」ことを指します。

つまり、「無関係の立場の人物・組織」が「無断で通信を受け取る」ことを指すことが多いです。

いわば、「盗聴」などを指すのが、「傍受」という言葉と考えます。

今回は「公表されている外国放送」なので、「受信」程度ですが、「傍受」と、やや大袈裟にいう迫水。

それほど、当時の日本にとって、「海外放送」はハードルが高い存在だったと思われます。

「英語の正式回答文」には、何が記載されているのか。

迫水久常

一体、連合国は
なんと回答してきたのか・・・

迫水久常

単に、我が国の確認(条件提示)に対して、
「拒否」か、それとも・・・

迫水久常

一体、何が記載されて
いるというのだ・・・

「連合国正式回答文」を受け取った迫水書記官長は、

迫水久常

・・・・・

恐る恐る文面を開きました。

迫水久常

・・・・・

そこに書かれていた「連合国の回答」とは、一体どのようなものだったのでしょうか。

次回は上記リンクです。

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