日本に一方的に宣戦布告したソ連〜「日本軍隊の無条件降伏」拒否・佐藤大使とモロトフソ連外相との会見・杜絶した電報と不気味な流れ〜|ポツダム宣言から敗戦の真相17

前回は「広島原爆直後「ソ連の回答督促」した東郷大臣〜「終戦へ」の鈴木首相・「一気に終戦に向かった」日本・「最高意思決定者が不在」の統治機構〜」の話でした。

目次

佐藤大使とモロトフ・ソ連外相との会見:杜絶した電報と不気味な流れ

新教育紀行
東郷茂徳 外務大臣(Wikipedia)

1945年8月7日、広島に投下された「強力な爆弾」が「原子爆弾」であることが判明する頃、

東郷茂徳

形勢はますます
急迫している。

東郷茂徳

ソ連側の明白な態度をすぐ知りたいと
思うので、急速に回答が得られるよう手筈を整えてもらいたい。

この「超非常事態」においても、尚、ソ連を頼っていた大日本帝国政府。

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「大日本帝国最後の四か月」(迫水久常著、新教育紀行)

終戦前後の日本政府の状況を、当時の迫水内閣書記官長は「大日本帝国最後の四か月」で公開しました。

大日本帝国最後の四か月

佐藤大使からの返事を日本の外務省が
入手したのは、八日の正午をすぎていた。

なかなか来なかった「佐藤大使からの返事」。

迫水書記官長は、暗に「だいぶ遅かった」ことを明らかにしています。

大日本帝国最後の四か月

それは、

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佐藤尚武 ソ連大使(Wikipedia)
佐藤尚武

モロトフがモスクワへ帰ってきたので、
早速会見を申し込み・・・

佐藤尚武

ロゾフスキー(外務次官)にも
あっせん方を重ねて頼んだところ・・・

佐藤尚武

八日の午後五時(日本時間の八日午後十一時)
会見するとの予告が来た。

大日本帝国最後の四か月

との
内容であった。

大日本帝国最後の四か月

それっきり佐藤大使からの
電報は杜絶してしまった。

いかにもソ連らしい「不気味極まりない状況」が続きました。

大日本帝国最後の四か月

当時のことを後からの記録によって
調べてみると次のようないきさつになっていた。

大日本帝国最後の四か月

ようやくの思いでモロトフに会った佐藤大使が
日本政府の意向を伝えようとしたら、

大日本帝国最後の四か月

モロトフ外相は、それをさえぎり、一方的に
次のような宣言を読み上げ、佐藤大使に手渡した。

日本にとって極めて悪い流れの中、ソ連のモロトフ外相が「一方的に伝えた」ことがありました。

佐藤尚武

我が
日本政府は・・・

モロトフ

ちょっと
待ってください。

日本に一方的に宣戦布告したソ連:「日本軍隊の無条件降伏」拒否

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モロトフ・ソ連外務大臣(Wikipedia)
モロトフ

ヒトラー・ドイツの敗北および降伏後においては、
日本だけが戦争を継続する唯一の大国である。

モロトフ

米、英、中三国の日本軍隊の無条件降伏に関する
本年七月二十六日の要求(ポツダム宣言)は・・・

モロトフ

日本から拒否
せられた。

モロトフ

よって、極東戦争に関する日本政府のソ連に対する
調停の提案は、全くその基礎を失った。

モロトフ

日本の降伏拒否にかんがみ、連合国は、
ソ連政府に対し、日本の侵略に対する戦争に参加し・・・

モロトフ

もって戦争の終了を促し、犠牲者の数を少なく、かつ、
急速に一般平和の回復を助けるように提案してきた。

モロトフ

ソ連政府は連合国に対する義務に従い、その提案を
承諾し、本年七月二十六日の連合国宣言に参加した。

モロトフ

ソ連政府は、その政策が平和を促進し、
各国民をこれ以上の犠牲と苦難から救い・・・

モロトフ

日本人をして、ドイツがその無条件降伏後になめた
危険と破壊を避けるための唯一の手段だと考えている。

モロトフ

以上の見地から、ソ連政府は、明日、つまり
八月九日から日本と戦争状態にあることを宣言する。

佐藤尚武

!!!!!

米国・連合国への「降伏の仲介者」となるはずだったソ連は、一方的に宣戦布告してきました。

この時、日ソの間には「中立条約が有効だった」のにも関わらず、でした。

モロトフの主旨

・連合国に敵対する大国は日本だけ(当時、大東亜共栄圏の一部の国は日本に従う形式で戦闘中)

・ポツダム宣言を日本は拒否したから、ソ連は仲介役になれなくなった

・連合国から参戦を要請され、ソ連は「各国民のため」に日本に宣戦布告することにした

モロトフ外相の主旨は、上の通りで「ソ連は正義、大日本帝国は悪」が明確でした。

ここで、さらにモロトフ外相の「宣戦布告通知」には重大なことが明記されています。

モロトフ「宣戦布告通知」における降伏

日本軍隊の無条件降伏に関するポツダム宣言

ドイツは無条件降伏

ロシア語の原文は確認出来ていませんが、「無条件降伏の主体」を明確にしていたモロトフ。

この「宣戦布告通知」は、ソ連外務省が綿密に検討を加えたはずです。

そのため、「主体(何が、誰が)、言葉の使用法」は、極めて慎重に検討されたでしょう。

ここでも、「無条件降伏は日本ではなく、日本軍隊」との認識であることは重要です。

大日本帝国最後の四か月

佐藤大使は、すぐこのことを
日本政府に電報しようとしたが・・・

大日本帝国最後の四か月

ソ連政府はこれを許さないばかりか、
佐藤大使はじめ日本大使館員の外出さえ認めなかった。

大日本帝国最後の四か月

佐藤大使からの電報が途絶えたのは、
このような事情によるものである。

佐藤尚武

大変だ!!!
すぐに本国へ・・・

モロトフ

電報打電も外出も
ダメですよ!

佐藤尚武

・・・・・

「捕虜同然」の扱いにされ、情報封鎖されてしまった駐ソ・日本大使館。

「正義の味方」と主張せんばかりのソ連によって、大日本帝国の世界における状況が決しました。

もはや、どうにもならない状況へ、と。

そして、その状況は、大日本帝国の暗黒の運命を決定づけました。

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