攘夷とは何か?〜征夷大将軍と「夷」の言葉の意味・攘夷から討幕へ・共に「15代で終了」となった室町幕府と江戸幕府〜|2026社会知識+理解増強14・中学受験

前回は「明治維新と類似する出来事とは何か?〜出来事の類似点と転換期・戦前と戦後で憲法が全く異なる国日本・明治に形成された骨格〜」の話でした。

目次

攘夷から討幕へ:共に「15代で終了」となった室町幕府と江戸幕府

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明治維新の立役者たち:左上から時計回りに木戸孝允、西郷隆盛、大久保利通、岩倉具視(国立国会図書館)

現代日本の骨格を形成することになった、一大革命が明治維新でした。

木戸孝允

もはや徳川幕府は
倒すのみ!

大久保利通

徳川の時代など
もう終わらせなければ!

西郷隆盛

よかよか!
我が薩摩の軍事力で潰すまで!

岩倉具視

朝廷の工作は
私に任せてくれ!

教科書などで「維新の三傑」と呼ばれるのが、西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允の三名です。

この「維新の三傑」は、明治初期からこの三名をまとめる呼び方が固まっていました。

当時は、華族・士族などの身分階級が残存していた時代でした。

そのため、公家であった岩倉具視は「別扱い」となったと思われます。

明治維新の四傑(新教育紀行)

・薩摩:西郷隆盛・大久保利通

・長州:木戸孝允

・公家:岩倉具視

筆者は、三傑に岩倉を加えた「維新の四傑」で明治維新を考えるのが正しいと考えます。

年号出来事
1185年源頼朝、守護・地頭を設置
1192年源頼朝、征夷大将軍に就任:鎌倉幕府創設
1333年鎌倉幕府滅亡
1336年足利尊氏、征夷大将軍に就任:室町幕府開設
1573年室町幕府滅亡(諸説あり)
1603年徳川家康、征夷大将軍に就任:江戸幕府開設
1867年徳川幕府滅亡(大政奉還)
三つの幕府の始まりと終わり

徳川幕府まで、三つの幕府が生まれました。

実は「幕府」という言葉は、昔はなかった言葉で、明治以降に定着した学術用語です。

江戸時代には、徳川将軍のことを「大樹様」と呼び、徳川幕府を「大公儀」と呼びました。

幕府名征夷大将軍の在籍代
鎌倉幕府9代(源氏将軍3代+皇族将軍6代)
室町幕府15代
江戸幕府15代
歴代幕府の在籍代

各幕府の征夷大将軍の在籍代をまとめたのが、上の表です。

最初の幕府であった鎌倉幕府は、実は源氏将軍は3代で終わり、その後は完全に「お飾り」となりました。

建武の新政(中興)を挟んで、室町幕府が興り、戦国時代を挟んで江戸幕府となりました。

室町幕府と江戸幕府は「同じ15代」です。

日本では、「15代続く」と、歴史は一区切りとなる傾向が見て取れます。

ここで、徳川幕府討幕(倒幕)は、最初から起こった活動・革命ではありませんでした。

討幕(倒幕)に至る前は、「攘夷」が盛んでした。

2026直前期の社会:問11

攘夷とは何かを、簡潔に説明して下さい。

今回は、攘夷に関して考えてみましょう。

攘夷とは何か?:征夷大将軍と「夷」の言葉の意味

新教育紀行
下関戦争(Wikipedia)

後世の視点から見て「幕末」に、攘夷が盛んになりました。

「討幕の原動力」であった長州は、討幕の前に「攘夷決行」が重要でした。

新教育紀行
松下村塾卒業生:左上から時計回りに高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、前原一誠(国立国会図書館、Wikipedia)
久坂玄瑞

夷狄(いてき)を
全員追っ払うのだ!

高杉晋作

おうよ!
我らの力を見せつけるのだ!

主に松下村塾生たちが、外国人を倒すことに奔走した結果、下関(馬関)戦争が勃発しました。

新教育紀行
下関戦争(Wikipedia)

そして、下関戦争では「長州の完敗」に終わりました。

新教育紀行
薩英戦争 歴史道vol.6(朝日新聞出版)

薩摩は薩英戦争で大打撃を受けましたが、死者数は大英帝国の方が多い事態でした。

国家死者数
薩摩・島津家5名
大英帝国13名
薩英戦争:死者数

大砲などの武器が圧倒的だった大英帝国に対して、「死者が半分以下」という驚愕すべき事態。

ここに、薩摩武士が「世界最強だった」ことが如実に表れています。

この後、薩摩と長州が組んで、討幕に向かいます。

もし、薩摩・長州などの攘夷が「もう少し成功」していたら、幕末維新の歴史は変わっていたでしょう。

2026直前期の社会:問11「攘夷とは何か?」

A.外国人を皆殺しにする考え方。(1点)

B.外国人を日本から消そうとする考え。(2点)

C.外国人を夷人と考え、外国人を打ち払う思想。(3点)

模範解答例:日本を神州の国と考えて外国人を夷人と見做して排除し、我が国に来る外国人は打ち払うという排外思想。

Aは、幕末の歴史を考えると概ね正しいですが「皆殺し」は穏やかではないので、1点。

攘夷は原則としては、殺害する必要はなく「打ち払う」概念でした。

その発想が過激化して、幕末に多数の殺傷事件が起きてしまったのでした。

Bは、概ね正しいですが「攘夷」の「夷」の説明が欲しいので、2点。

また「消そうとする」というのも、ちょっと厳しい点が減点です。

Cは、「夷」の説明があり、外国人を「打ち払う」が良いです。

徳川幕府

異国船打払令を
発する!

1825年、徳川幕府は「異国船打払令」を発したこともあり、「打ち払う」が最も適切です。

また、攘夷という概念を「思想」と言葉でまとめているのが良いです。

小学生〜中学生は、Cで良いです。

模範解答例は、高校生以上を想定しています。

ここで、「日本を神州の国と考え」というのは、書かなくても良いです。

この「神州」を書いた理由は、「夷人・夷狄」という言葉に対する姿勢を説明しています。

大将軍は、もともとは「東北の蝦(えみし)」を倒すための「大将軍」でした。

この言葉からも、「夷人・夷狄」に対する日本人の考え方が、分かります。

次回は上記リンクです。

新教育紀行

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