「米英が条件緩和した」と感じた東郷外相〜「ポツダム宣言拒否は重大なる結果引き起こす」・日本経済への配慮・手記の正当性〜|ポツダム宣言から敗戦の真相4

前回は「東郷外相「無条件降伏を求めたものではない」〜正式通告前の海外放送・軍部に指示する権限ゼロの鈴木首相・本土決戦「やる気満々」の軍部〜」の話でした。

目次

「米英が条件緩和した」と感じた東郷外相:日本経済への配慮

新教育紀行
東郷茂徳 外務大臣(Wikipedia)

日本政府への「正式通告」前に「海外放送受信」によって、ポツダム宣言を知った外務省。

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「東郷茂徳外交手記」(東郷茂徳 著、新教育紀行)

当時の東郷茂徳外相は、東京裁判で戦犯とされ、獄中で回想録を書きました。

対米戦開始時、東條内閣で外相でしたが、その後一度、1942年に外相を辞めました。

そして、1945年4月7日成立の鈴木内閣において、外相に就任しました。(就任は4月9日)

東郷茂徳外交手記

余は、米国放送による
本宣言を通読して第一に感じたのは・・・

東郷茂徳外交手記

これが我らの条件左の如しとして
書いてあるから・・・

東郷茂徳

無条件降伏を求めたものにあらざることは
明瞭であって・・・

東郷茂徳

これは大御心が米英にも伝わった結果、
その態度をいくぶん緩和し得たのではないかとの印象を受け・・・

東郷茂徳外交手記

また、日本の経済的な立場には、相当の注意を
加えられていると認めた。

確かに、ポツダム宣言には「連合国の条件はこれです」と明記されています。

そして、「無条件降伏を求めたものではない」と、東郷外相は明確に記しています。

東郷茂徳

また、日本の経済的な立場には、相当の注意を
加えられていると認めた。

「日本の経済的立場」に「相当の注意」が加えられている、と分析した東郷外相。

東郷茂徳外交手記

けだし経済的な条項については
ドイツに対し・・・

東郷茂徳外交手記

モルゲンソー案などの過酷なるものが
伝えられているさいのこととて・・・

東郷茂徳外交手記

これよりやや安心したような感がしたが、
日本の立場は、ハル長官が日米交渉においても・・・

東郷茂徳外交手記

考慮していた加工国としての存立は
差し支えないし・・・

東郷茂徳外交手記

また、そのために賠償も過酷なことにならない
との趣旨が骨子であった。

ここで、東郷外相は重要な指摘をしています。

東郷茂徳

賠償も過酷なことにならない
との趣旨が骨子であった。

日清戦争で勝利し、多額の賠償金を得た日本。

日露戦争では賠償金を取り損ねましたが、どう考えても「日本への多額の賠償金要求」が見込まれた当時。

「賠償が過酷ではない」ことは、国家の運営上、極めて重要でした。

要するに、「思ったほど過激な条件ではなかった」ことに一安心した東郷外相。

新教育紀行
コーデル・ハル国務長官(Wikipedia)

「ハル長官」とは、コーデル・ハル国務長官を指します。

日米戦争直前、外務省は米国務省と日米交渉を継続し、ずっと交渉相手であったのがハル長官でした。

その時の当事者だった東郷外相は、「ハル長官の日米交渉の時の考慮」を参照しています。

ちなみに、ハル長官は健康問題で1944年に国務長官を辞任しますが、11年9ヶ月も国務長官でした。

ハル

私の考えは
これ(ハル・ノート)です!

1941年11月26日、ハル・ノートと呼ばれる「事実上の最後通牒」を日本政府に突きつけたハル長官。

この真相は諸説ありますが、ハル・ノート通知直後に、ハル長官はスティムソン陸軍長官らに、

ハル

私の役目はここまで、
あとは皆さんの出番です。

スティムソン

はい、
承知しました・・・

こう言った説が有力です。

「ポツダム宣言拒否は重大なる結果引き起こす」:手記の正当性

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「東郷茂徳外交手記」(東郷茂徳 著、新教育紀行)
東郷茂徳外交手記

また、カイロ宣言によって、
朝鮮の独立は別問題とするも・・・

東郷茂徳外交手記

台湾などの返還を必要とし、
また日本の領土は本州、北海道、九州および四国以外は・・・

東郷茂徳

連合国の決定する小諸島に局限するというので、
大西洋憲章に照らせば、適当と思えぬフシがあるし・・・

東郷茂徳外交手記

また、占領も地点の占領であり、
かつ、保障占領であって、広範なる行政を意味していない点は・・・

東郷茂徳外交手記

ドイツ降伏後の取り扱いとは、非常な懸隔があることは
結構であるが・・・

東郷茂徳

占領地点が東京などの大都市まで
包含しておるや否やについては疑問があるし・・・

東郷茂徳外交手記

なおまた日本政府の形態の問題にも
不明瞭な点があり・・・

東郷茂徳外交手記

その他、武装解除、戦争犯罪にも問題が
ありそうだと感じた。

東郷茂徳外交手記

よって、外務次官に法律的見地より
厳密なる検討を加えるよう命じた。

東郷外相は

東郷茂徳

大西洋憲章に照らせば、
適当と思えぬフシがあるし・・・

このように言っています。

太平洋憲章の主要項目(1941年8月14日)

1.米国及び大英帝国は、領土拡大を求めないこと

2.領土の変更は、関係国の国民の意思に反して領土を変更しないこと

3.全ての民衆が民族自決の権利を有すること

4.貿易障壁を引き下げること

5.全ての人によりよい経済・社会状況を確保するために世界的に協力すること

6.恐怖と欠乏からの自由の必要性

7.海洋の自由の必要性

8.侵略国の軍縮と戦後の共同軍縮を行うこと

太平洋憲章は1941年8月14日に、米英が共同で発表した「世界平和への目標」です。

明確にはしていませんが、憲章中の「領土の事項」において「適当ではない」と考えた東郷外相。

ここで、東郷外相は、ポツダム宣言における様々な事項に関して、明確に所見を述べています。

東郷外相のポツダム宣言項目への所見

・無条件降伏を求めたものではない

・米英は態度を緩和し、日本の経済的立場に配慮

・日本の領土は、大西洋憲章から「不適切」と思われる点あり

・保障占領であり、ドイツよりはるかに良いのは結構(良い)

・占領範囲、日本政府形態、武装解除、戦争犯罪人などは不明瞭

東郷外相は「条件降伏」であるが「不明瞭な点が多い」としています。

これは当然のことであり、ポツダム宣言で「全て明瞭にする」ことは文章の量から不可能です。

その一方で、「ドイツほど過酷ではない」ことに対して、安堵した雰囲気を表した東郷外相。

東郷茂徳外交手記

これと同時に、なるべく連合国側と交渉に入って、
その不利、かつ、不明瞭なる点を・・・

東郷茂徳外交手記

いくぶんなりとも
修正せしめたいと思った。

東郷茂徳外交手記

それで二十七日の午前に参内、モスクワとの交渉の
経過およびイギリス総選挙の結果について上奏し・・・

東郷茂徳外交手記

さらに進んでポツダム宣言について
詳しくご説明申し上げた。

ここで、東郷外相は「参内、上奏し、ご説明申し上げた」相手の名前を明記していません。

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昭和天皇(Wikipedia)

戦前において「参内し、上奏し、ご説明申し上げた」となると、相手は昭和天皇になります。

東郷茂徳

なおまたこれに追加して、
この宣言に対する我が方の取り扱いは・・・

東郷茂徳

内外共に慎重を要すること、
ことにこれを拒否するが如き意思表示をなす場合は・・・

東郷茂徳

重大なる結果を
引き起こす懸念があること・・・・

東郷茂徳

なお、戦争終結については、ソ連との交渉を
断絶せるにあらざるにより・・・

東郷茂徳

そのへんを見定めた上、
措置すること可なり。

東郷茂徳外交手記

と考える旨を
言上した。

戦後の獄中手記であり、「どこまで当時の心境を正直に語っているか」は不明です。

この点では、手記や回想録は、注意して読む必要があります。

その一方で、東郷茂徳は、その性格と文章から「嘘は言っていない」と筆者は考えます。

東郷茂徳

これを拒否するが如き意思表示をなす場合は、
重大なる結果を引き起こす懸念があります。

昭和天皇

・・・・・

東郷外相は「ポツダム宣言を拒否するべきではない」と昭和天皇に語っていた、のでした。

この際、昭和天皇は何らかの反応を示し、何かを話したと思われます。

東郷外相は、「昭和天皇が、この時何を話したか」に関しては、一切語りませんでした。

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